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 母親は、絶えることなくすすり泣いていた。

 暗い部屋には出来合いの食品のゴミが散乱している。それらを足で退かしながら、梢は部屋に鞄を取りに行った。

 あの日、境内で客人たちを出迎えた後、條謙に言われた通り、梢は家に帰った。お寺さんのお役に立てた、と嬉しそうに聞いてくる母に生返事をして、梢は窓を閉め切った部屋で中学校の課題を片付け、少しだけ眠った。

 町会が日付を指定して呼び掛けた外出禁止の警戒令がいつまで有効なのか、誰も知らなかった。陽が落ちて辺りがすっかり暗くなった頃、母は梢に、お寺の様子を見てきなさいと小さな声で言い渡した。

 懐中電灯を持って、梢は家を出た。

 大通りの脇道で桝川月次と桝川星三が死んでいた。

 富田マートの前で條按と條淡、弟子六名が死んでいた。

 駐車場で夏目レイチェル知草が死んでいた。

 海の方へ下る道で保竹八理が死んでいた。

 虫が鳴いていた。胸がふわふわとして恐怖の感情が湧いてこないので、梢は、自分の頭がおかしくなったのだろうと考えていた。

 御厨の死体を見つけることはできなかったが、弓塚山を登り始めると、黛西寺が燃えているのがわかった。

 石段の先、玉砂利の上で條謙が死んでいた。

 火は一晩中燃え続けた。焼け跡では、條厳と庫裏が死んでいた。

 人々は狂乱に落ちた。梢だけが、正気のまま生きていた。そうなるともう、狂っているのは梢の方かもしれなかった。

 かつてそこにあった町は、滅びた。

 警察に保護された梢は、あまりの惨状を目にして心が壊れてしまった可哀想な子と判断され、病院へ回された。

 病室へは、兄が東京からすっ飛んで来てくれた。見舞いの鯛焼きを割って、頭の方を口に入れた。断面を見たら小豆が思いのほか赤くて、梢は嘔吐してしまった。どうやら自分はまだこちらの世界にいるらしいとわかって、ほっとした。

 そして、家に帰ってきた。

 もはや彼女を縛りつけるものは、この町には何もなかった。

「私、この町出るから。都会の高校、行く」

 ただいまより先に、そう言った。

 梢はまだ十五歳だった。

 これまで学んできた黛西寺流を使えば結構簡単に人を殺せるのだと思うと、できないことなんて何もない気がしていた。

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