涙が出るほどに
どうしてこんなにも、お兄ちゃんのことばかり考えてしまうんだろう。
授業が終わり、次の教室へ移動するために廊下を歩きながら、私は心の中で問いかける。
――お兄ちゃんは、私のことをどう思っているんだろう?
ただの妹?それとも、それ以上の気持ちがあるの?
自分の気持ちに気づいてしまった。
お兄ちゃんが好き。兄としてではなく、異性として。
だけど、それは普通じゃない気がして、どうしようもなく不安になる。
考えちゃいけない。こんなこと、誰にも言えない。
けれど――私は、どうしてもお兄ちゃんが好きだ。
だから、もっとお兄ちゃんに好きになってもらいたい。
普通の兄妹じゃなくて、特別な存在になりたい。
そんな思いが膨らんで、どうしようもなくなる。
「……私、おかしいのかな」
小さくつぶやいて、顔を上げる。
――そのときだった。
ちょうど向こうから、見慣れた姿が歩いてくるのが見えた。
「お兄ちゃん……」
思わず足を止める。
――智希だ。
まるで運命みたいなタイミングに、心臓が跳ね上がる。
智希は私に気づかず、ゆっくりと歩いてくる。
どうしよう。このまますれ違う? それとも、何か話しかける?
でも――ただ「お兄ちゃん」と呼ぶんじゃなくて。
私は今日、やらなきゃいけないことがあった。
「……智希」
震えそうになる声を、精一杯押し出した。
その瞬間、智希がピタリと足を止めた。
「……え?」
ゆっくりと顔を上げて、驚いたように私を見る。
私の心臓は、今にも破裂しそうなほどドキドキしていた。
「……今、なんて言った?」
「えっと、その……」
――やっぱり、恥ずかしい。
私は思わず目をそらし、制服の袖をぎゅっと握った。
けれど、ここで逃げるわけにはいかない。
私は、智希を見つめて言った。
「……『お兄ちゃんを名前で呼ぶ』、これ、リストに書いた願いだから」
頬を赤く染めながら伝えると、智希は驚きつつも、どこか呆れたような顔をした。
「そんなの書いてたのか?」
「うん」
智希は腕を組み、じっと私を見つめた。
「で、なんでそんな願いを?」
「それは……」
本当の理由は、恋人みたいだから。
でも、それを言うのは恥ずかしくて、何か違う言葉を探す。
「……なんとなく?」
「なんとなくねぇ……」
智希は疑うような目で私を見てきた。
「ふーん……」
そして、にやりと笑う。
「じゃあ、もう一回呼んでみて」
「えっ?」
「さっきのは偶然かもしれないし、もう一回ちゃんと聞いてみないと」
「え、いや、それは……」
顔が熱くなるのを感じながら、必死で視線をそらす。
なのに、智希は一歩近づいてきた。
「もしかして、恥ずかしい?」
「……っ、そ、そんなことない」
「じゃあ、呼んでみろよ」
「……」
智希の目が、どこか楽しそうに細められる。
絶対、からかってる。
――なんでこんなに意地悪なの?
胸がドキドキしすぎて、もう限界だった。
「もう……いじわる!」
思わず口をとがらせて言うと、智希は一瞬驚いたような顔をした。
だけど、すぐに優しい笑顔になって、ふわりと髪を撫でるように触れる。
「ごめんごめん」
その手つきが、優しくて、どこかくすぐったくて、私は余計に心臓が跳ね上がる。
「からかいすぎたな」
「……ほんとだよ」
私はふてくされたように視線をそらした。
でも、智希の笑顔が少し嬉しそうに見えたのは、気のせいじゃないと思う。
「じゃあな」
そう言って、智希は軽く手を振ると、私の前を通り過ぎていった。
私はその背中を、ぼんやりと見送る。
学校のみんなに、この気持ちがバレちゃいけない。
でも、もう止められない気がする――
夜、部屋の灯りを消し、布団をかぶる。
今日の出来事を思い出すと、胸が苦しくなる。
――お兄ちゃんは、私の気持ちに気づいてるのかな?
あんなふうに名前で呼んで、動揺してくれたけど……。
それって、単に驚いただけ? それとも……?
考えれば考えるほど、心がざわざわする。
私は、お兄ちゃんを好きになっちゃいけないのに。
――でも、どうしようもなく、好き。
「好き……」
布団の中で、小さくつぶやく。
声に出した瞬間、どうしようもなく涙があふれてきた。
「お兄ちゃん……」
好きなのに、どうしてこんなに苦しいの?
もしこの気持ちを伝えたら、すべてが壊れてしまうのかな。
――でも、もう隠しきれない。
好き。
好きで、好きで、どうしようもないくらい、好き。
涙が枕に染み込んでいくのを感じながら、私は静かに目を閉じた。
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