第18話 母親譲りの茶色い髪

 結局、赤ちゃんはターニアと言う名前に決まった。


 私は、本来の本の物語の通りにアイゼルに名前を決めてもらうつもりだった。

 そして、実際にアイゼルが候補の中から名前を選んで決めたのだった。


 多少計画通りでは無いところもあったけど、なんとか許容範囲内にまとまった!


 などとは言えないほどに、物語は大きなズレを生じさせている!


 赤ちゃんは本来の物語なら男の子のはずなのに、何故!? 今いる子は女の子なの!?


 わけが分からなかった。


 とりあえず、話し合いが終わり、マーシャルとルーク君が部屋を出て行くので、私も一緒に行く事にする。

 自室に戻って眠れば、また、前世の夢を見るかも知れない。

 そこで何か思い出せば、この事態の打開策が見えるかも知れなかった。


 私が部屋を出ようとするとアイゼルに腕を掴まれる。

 マーシャルとルーク君は挨拶をすると、私を残して行ってしまう。


 え? ちょっと待って!


 仕方ない、私はアイゼルに向き直る。


「どう言うつもりですか? アイゼル」

 そう言ってアイゼルを睨む。

「夫が妻を部屋に引き止めるのに理由がいるか?」

 言いながら、ギュッと腰を引き寄せられる。

 そして、キスされた。


 昨日よりずっと甘いキスに頭がとろけそうだった。


 唇が離れると、寂しさを感じた。


 けれども、それ以上の怒りがあった。

 6年間も私を放っておいたくせにどうして、今っ!?

 世界の危機に対処してる所なのに!


「やめてください!」

 私はアイゼルの手を払うと、部屋の扉を開けた。

 外にはいつものようにギリアムがいた。


 アイゼルは追ってくると、バツが悪そうにギリアムに私を部屋まで送るようにと言う。

 私はギリアムの影に隠れるようにしていた。


 扉を閉めようとするアイゼルが寂しそうで、

「おやすみなさい、アイゼル」

 そう声をかけた。


 これでは、あれだけ好きだったアイゼルを拒絶しているように見える。

 本当はもう一度アイゼルの部屋に戻って、キスの続きをしたいけれど……。


 ギリアムは送ってくれる間、何も聞かずにいた。

 それがギリアムと言う人なのだけれど、沈黙が気まずかった。


 アイゼルとの仲を喜んでくれた人なのに、アイゼルを拒んで出てきてしまうなんて。

 でも、これ以上はアイゼルとの仲を発展させてはいけない。


 世界の危機を救わなければいけないんだもの。


 ギリアムは私の部屋に着くと「おやすみなさいませ」と言って去って行った。

 私は、いつもと同じギリアムの笑顔が見れて安心する。


 自室ではいつものようにミアが整えてくれたベッドですぐに眠った。


 けれど、結局、夢は見なかった。


 そんなに都合よく見れるものじゃないのだろう。

 もしかしたら、転生者って言うのがただの夢なのかも知れない。


 うん! そうよ! そうに違いない!


 転生者ものが流行ってたし、それに感化されて見た夢なんだわ!

 って、ダメだ! 転生者ものが流行ってたのは前世の世界で、それをリアルに感じている時点で、前世の世界があって、私が転生者だと証明しているようなものだ!


「今日もクレア様の百面相、面白いですね」

 ミアが言う。

 でも、今日はこぼさずに朝食を食べた。



 赤ちゃん、ターニアの部屋の前にはルークが居いた。

 早速、ターニアの護衛の仕事をしているらしい。


「おはようございます。クレア様」

 真っ直ぐに見つめる笑顔がキラキラして眩しい。

 ルークの存在もこの物語のズレの一つだけれど、重要なのは赤ちゃんだった。


 今日のターニアはベビーベッドの上でまだ眠っていた。

 可愛い寝顔だった。


 性別を確かめるならオムツ替えの時だけど、聞くとさっき替えたばかりだと言う。

「……女の子だった?」

 恐る恐る聞くと、そうだと言われる。

 今頃、性別を聞くなんて変だと思われただろうな。


 そう言えばオムツ替えは何度も見たけれど、それ以上に気になる事があって、関心を払っていなかった。

 それにこの金髪がアイゼルに似ていると思って、なんとなく男の子だと言う思い込みになっていた。


『母親譲りの茶色い髪——』


 ふと、そんな一文を思い出した。

 

 そうだ!

 赤ちゃんの髪の色は茶色だった!


 私が読んでいた本来の本にはそう書いてあった。


 ——では、母親は誰だろう?


 妹のアリシアは薄い金髪だ。

 今いるこの赤ちゃんと同じ色だ。

 母親譲りの、と言う部分は間違っていない。

 ただ、母親と子供が同時にすり替わっている!


 考えてみれば、私と言うこの物語のイレギュラーな存在の妹が、この物語のキーパーソンの母親になるなんて、おかしかった。


 私はもともとこの世界にはいない存在。

 私がこの世界に転生した事によって、私の家族も本来にはない影響を受けたはずだ。


 父は、自分の娘がこの物語のヒーローのアイゼルと結婚し関わりを持つなどとは思っていなかっただろう。

 それに、私が居なければお母さんは亡くならなかったかもしれない。

 病床のベッドで私を優しく迎え入れてくれたお母さんに、赤ん坊の私が負担をかけていた気がする。

 それに、お母さんが亡くなっても、父はお母さんの友人と急いで再婚しなかったかもしれない。


 妹の存在はあやふやなものだった。

 彼女が物語の本来の赤ちゃんの母親である事はまずない。


 もしかしたら、私の本当の父と母に娘がいて、その子が皇帝陛下の子を産むはずだったのかもしれない。

 二人の娘の私もちょうど茶色い髪だし、それが本来の物語だったのかも……。


 でも、娘が居たら貴族の館でアイゼルと子供の頃に会うはずだし、年頃の娘との縁談があって婚約して結婚って流れは生まれたんじゃないだろうか?


 それが本来の物語の赤ちゃんの母親なら、アイゼルは子供の頃に出会っても興味を持たなかった。

 それが本当の物語だった。


 ——もしかしたら、アイゼルは私だから。

 出会ったのが私だから、好きになって、縁談を進めて婚約して結婚したの——?


 淡い期待に胸が熱くなった。

 でも、アイゼルは私と子供の頃に会った事を忘れているし……。


 とにかく、本来の物語での赤ちゃんの第一候補は、私が転生してしまった為に消してしまった父と母の娘だ。


 自分が転生して来たせいで、とんでもない事になっていると思った。


 でも、取り敢えずは問題なさそうよね?

 父と母の茶色い髪の娘が、母は変わるけど同じ父の金髪の娘になっただけだもの。


 そして、赤ちゃんの髪色が変わり、性別も男から女に変わった。


 これが物語にどんな影響を与えるものなのか、今の私にはサッパリ分からなかった。


 ベビーベッドでターニアの寝顔を見ながら考えていると、茶色い髪の娘が部屋に入ってきた。


 護衛で扉の前で番をしていたルークが彼女を招き入れると、他の人には見せないとろける笑顔を向けた。

 彼女の方も同じような笑みを彼に向けて部屋に入って来た。


 恋するもの同士の可愛い一瞬のやり取りだった。


 ミアが居たら大騒ぎだっただろうなと思いながら、私も恋する二人の素直さにキュンキュンする光景だった。


 でも、どうやって別れさせればいいんだろう? と困難さに困り果ててもいた。


 マーシャルは昨日とは違って大きなバックを持っていた。

「オートマタの調整をします」

 と、部屋の隅の椅子にオートマタを座らせてバックを開けた。


「オートマタのミリアです」

 マーシャルに名前を聞かれたオートマタが答えていた。


 オートマタは魔石で動く自動人形で主に鉄で作られていた。

 自我は無いが簡単な状況判断は出来て、会話もできた。


 教会で働く魔法生物のホムンクルスと違い周囲の魔力量に左右されずに、魔力の塊である魔石をエネルギーに動く。

 その便利さから、数十年前から貴族を中心に普及していたらしいが、昔あった暴走事故により辺境以外の土地では見かけなくなっていた。


 私も小さな頃には家でオートマタを見かけたけれど、いつの間にかいなくなっていた。

 辺境では自然の中の魔力が少なく、魔石が多いので、今でもオートマタが使われている所が多く、貴族や有力な商人などの家でも使われている。


 マーシャルはバックの中の道具を使って、丁寧にオートマタの身体を点検していく。


「今日は最初だから丁寧に見たけれど、全然問題なしよ。ただ、古い部品が使われている所があったから、万が一の為に交換用の在庫を確認しないと。それより、新しいものに変えた方が良いのかも知れないわね……」


 マーシャルはかなり本格的なオートマタの技術者らしい。


「すごいわね。何処で技術を学んだの」

 私は関心してマーシャルに聞いた。

 帝都ではオートマタは殆どいないと聞くのに、皇弟の所で働くだけの技術を何処で身に付けたのだろう?


「……」

 沈黙があった。


「クレア様にはお話ししないといけませんね……。あの……、何処か人目のない所で」

 小さな声でマーシャルが言う。


 なにかしら?

 不穏な空気に身構える。


「私の部屋に魔石で動く壊れた道具があるの。見てくれない、マーシャル?」

 そう言って、私はマーシャルを自室に連れて来た。


 本当にある壊れた道具をミアに言って出してもらうと、ミアにマーシャルと二人きりで話したいからと言って部屋の外に出てもらう。


「懐かしい道具ですね。これなら直せると思います」

 マーシャルが壊れた道具を一つ一つ手に取りながら言う。


「良かったわ。いつか修理に出そうと思って溜まってしまっていたのよ。でも、修理はいつでもいいから、まずは話を聞かせてね」

 そう言って、私は、ミアが用意してくれたお茶の置いてあるテーブルにマーシャルを誘った。


 マーシャルは椅子に座ると、少し俯いてから意を決したように話し始めた。


「私は十数年前に起きた皇帝陛下の暗殺未遂事件の容疑者の孫なんです」


 あ。


 マーシャルの告白に、私は色々なことを思い出した。


 そうだ、マーシャルは皇帝陛下の暗殺未遂事件の容疑者ジョージ・カーロックの孫だった。


 そして、本当なら、


 母親譲りの茶色い髪——。


 この城に連れて来られた赤ちゃんの茶色い髪の母親なんだ!

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