第17話 もう一人の異端者

 マーシャルが自分の事を話し終わると、ルークが話し始めた。


「僕はマーシャルのように特技はないですが、働かせていただける事になりました。主に赤ちゃんとクレア様の護衛をさせていただきます」


 はて?


 この人は誰なんだろう?


 私の思い出した本の記憶の中にこの人はいない。

 マーシャルは雨の城砦を一人で赤ちゃんを連れて訪ねた。

 冒頭の印象的なシーンだ。

 ここから、アイゼルとマーシャルの物語が始まるだから、間違いない!


 全てを思い出したわけではないから、後から出てくる登場人物なのかも知れないけど……。

 こんな美青年だもの、相当重要なキャラクターに違いない。

 ここでも物語がズレている。


「あの、クレア様」

 マーシャルが遠慮がちに尋ねる。

「どうかしましたか?」

 このヒロインは、このズレた物語で何を言うのだろう?

 恐れを感じながら私は返事をする。


「赤ちゃんの名前を付けていただきたいんです!」

 へ?

 虚をつかれた。


「母親のアリシアが名前を付けずに消えてしまったから、この子にはまだ名前がないんです」

 そう言えば、そんなエピソードがあったかも知れない。


 マーシャルがアイゼルに赤ちゃんの名前を決めてもらおうとして、アイゼルは適当にあしらうんだった。


「アイゼル様! 確かにこの子はあなたにとって厄介者かも知れませんが、育てると決めた以上は父親になって下さったのです! 愛情を持って接してください! まずは責任を持って名前を付けてください!」


 マーシャルがそう言って、アイゼルが名前を付ける。


 アイゼルには理由があって名前を付けるのを躊躇っていたのだけれど、マーシャルがその理由を知って物語が動きだすのだ。


 なら、ここはアイゼルが名前を付けるべきね。


 そう思って、私は自分が何をしたいのか分からなくなった。

 アイゼルとマーシャルをくっつけて物語を正常な方向に進めようとしている?


 でも、世界の危機を迎えているこの世界を救う為にはそれが正しい行動だ。


 私が迷っているのは、やっぱりアイゼルへの想いだった。

 大好きなアイゼルとこのまま離れたくはない。

 アイゼルとの昨日のキスが唇にまだ残っている。


 あのキスはなんだったんだろうか?


 ただの気まぐれなのか?

 6年間の不仲があの一瞬で報われたような時間だった。

 アイゼルも私を好きなのかも知れないそんな気がしたのに。


「アリシアが名前を付けられないのなら、身内であるクレア様に名付けていただくのがいいと思うんです」

 筋が通ってる。


 アイゼルとマーシャルで名付けさせるのは、私の存在がある以上無理だと思った。


「そうね……。私はアリシアの姉だけれど、6年も会っていないから、アリシアの気に入ってくれる名前が付けられるかどうか……」

 何とか名付けを辞退する理由を探す。


「実は僕たちで呼んでいた名前があるんです。旅をする中で不便だったので。アリシア様が考えていた名前の一つを使わせていただき……」

「ダメよ、ルーク! クレア様に考えて頂かないと!」

 ルークの言葉をマーシャルが遮った。


「まあ、アリシアの名付け候補を知っているのね! なら、良かった。アイゼルも一緒にみんなで名前を決めましょう!」


 ルークのおかげで助かったわ!

 アイゼルとマーシャルを名付けの席で一緒にする事が出来た!


「では、アイゼル様の予定を聞いてまいります」

 ルークがそう言って部屋を出て行った。


 初仕事に張り切って端正な顔を綻ばせていた。

 可愛い♡


 すかさずミアがやってきた。

「な、なんなんですか! あのイケメンは〜!!?」

 赤ちゃんの世話をしていた侍女たちも後ろで集まっていた。


 確かにあれだけの美青年だもの騒ぎにもなるだろう。

 思い出せないけれど、この本の世界で絶対に何か役割のあるキャラクターだ。


「私、たまたま昨日の朝居合わせたけど、赤ちゃんと女の子を守るように、こう」

 と、とある侍女が、赤ちゃんを抱いている侍女を使って実践してくれる。


 身長差のある侍女が見つめあって、何故かドキドキさせる光景だった。


 と言うわけで、その守られていた女の子、マーシャルは質問責めにされていた。


「ルークは私と同じ歳だから8歳ですよ。帝都の技術者地区の出身ですね」

「いえ、私とルークは幼なじみなだけで、昔はすごく意地悪だったんですよ。たくさんいじめられましたよ」

「再会してからは……、辺境で再会したんですけど、心を入れ替えたみたいだけど」


 質問に途絶えずにハキハキと答えている。

 ヒロインの芯の強さが垣間みれる。


 ただ、マーシャルの話に私は何か引っかかる物を感じた。


 しばらくしてルークが戻って来ると侍女たちは何事もなかったように自分の仕事に戻っていた。


「夕食後なら時間が取れるそうですよ」

 とニッコリと報告してくれるのが、私から見てもとても可愛くてキュンキュンした。


 後ろの侍女達が「キャーッ!可愛い!!」と、無言で悲鳴を上げて、心の中で倒れて悶絶している気がした。


 その様子に、ルークの横にいたマーシャルは面白くなさそうで……、って、あれあれ?


 もしかしてマーシャルってルークの事が好きなんじゃ……。

 ミアと目が合うと、ミアも恋バナの予感に目を輝かせていた。


「ぜったいマーシャルちゃんはルーク君のこと好きですよ!」

 自室に戻るとミアが熱弁する。


 噂の二人は城砦と仕事の案内をされてに連れて行かれてしまった。


 実はミアは恋バナが大好きなのだ。

 私より歳上の26歳で、本人には浮いた話は一切なくて、私について来たせいかと心配しているんだけど、他人の恋バナさえあれば大丈夫と言うタイプの子だった。


「あんなイケメンと二人っきりで苦難を乗り越えて、嵐の中をここまで来たんですもの、好きになっちゃいますよね」

 二人は帝都からではなく、アイゼルがよく行く遠い領地の愛人宅からここまできた設定になっている。

 それでも、ここまでの嵐と荒野は苦難だろう。


 でも、アイゼルがいると言うのに、マーシャルに別の人を好きになってもらっちゃ困るわけで……。


「嫌いだった幼なじみがイケメンで性格も良くなってて、頼りになったら、好きにならない理由がありますか!?」


 ……。


 ない。

 と断言できた。


「マーシャルちゃんもクレア様の十代の頃に似た美少女だけど、ルーク君もアイゼル様と並んでも見劣りしない美青年だし、二人とも同い年でとってもお似合いですよね。私、断然応援しちゃいます!」


 ああ、アイゼルっ。

 貴方がルーク君に勝てるところ、もしかして無いんじゃない?


 サーっと青ざめる。


 もちろん、私はアイゼルの方が素敵だと思うし、大大大大大好きだけど、マーシャルにとっての魅力はないんだ。

 いえ、私は大大大大大大大大大大好きだけどねっ!


 ゼエゼエ。

 うう、悔しい。

 私のアイゼルが、ヒロインに好きになって貰えないなんてっ。


 でも、まあこのまま私がずっとアイゼルの側に居られるなら悪くないのかも知れないなぁ。


 って、ダメだった!世界に危機が迫ってるんだってば!!


 私はひたすら混乱していた。


 と、言っても危機がどんな物なのか知らなかった。

 正直に言うと、前世の私がこの物語に魅力を感じていたのはアイゼルが居たからで、何度も読み返したのはアイゼルのカッコいいシーン。

 何度も何度も読み返したからこそ、政治的陰謀やら、難しい話はどうでも良くなっていた。


 まだ、思い出せていない事がたくさんあるんだけど、思い出しても、内容が理解できない可能性があった。


 私は、自分がまるで小さな頃のアイゼルだなぁと思った。

 読んだのに内容は理解できていない。


 あの子供の頃の日々は、本には書かれていない紛れもなく私とアイゼルだけの思い出だった。


 私はこのままアイゼルと一緒に過ごせるのなら、いつかアイゼルと一緒に破滅を迎えても構わないと思った。


 でも、いつかっていつ?


 もう、アイゼルとマーシャルは出会ってしまった。

 ここから、もう物語は始まっているんだ。

 いつかなんて悠長な事は言っていられない。

 今日にでも破滅が訪れるかもしれない!


 でも、マーシャルはルークが好きで、おそらくルークもマーシャルの事が好きだろう。


「ねえ、ミア? ルークもやっぱりマーシャルが好きだと思う?」

 専門家の意見を聞いてみる。


「当たり前じゃないですか!? マーシャルちゃんはあんなに可愛いんですよ! そりゃ、クレア様には及びませんが! 子供の頃にいじめてたのだって、好きな子をいじめちゃうってヤツですよ! それで、大人になって再会して、困ってるとことを助けてあげるなんて、愛ですよ! 愛!!」


 絶望的だった。


◆◇◆


 夕食後。

 私達はまたアイゼルの執務室に集まっていた。


 私とルークと言う邪魔者はいるけど、

 アイゼルとマーシャルと言う重要人物が顔を合わせて、赤ちゃんの名前を決める需要なシーンが始まった。


 シーン。


 しかし、誰も言葉を発しなかった。


「君たちは、赤ん坊の事を何と呼んでいたんだ?」

 沈黙を破ってアイゼルが問う。


「それは言えません」

 とマーシャルが言う。

 アイゼルの前でも物怖じしないのはヒロインの貫禄だろうか?


「ルークと二人で決めたんです。私達は一時的にあの子を届ける為の親代わりを果たしているだけで、本当の両親ではなないのだから、今呼んでいる名前は今だけのものにしようって」

 ルークを見つめながらマーシャルが言う。


「もちろん、同じ名前になったら嬉しいですけれど」

 ルークがマーシャルから視線を外して私達に言う。


 ちょっとそこ! いい雰囲気出さないでっ!


 アイゼルはムッスリとしている。


「同じ名前でもいいなら、考える必要はないだろう? 呼んでいた名前を教えてくれた」

 アイゼル〜!

 そんな言い方したら、ルークに勝てないでしょう!


 このままじゃダメだ!

 アイゼルにやる気を出させないと!


「アイゼル、私はルークの気持ち分かるわ! 名前は両親が付けるべきよ! 確かにこの子はあなたにとって厄介者かも知れないけど、育てると決めた以上は父親になんですから、愛情を持たなくては! まずは責任を持って名前を付けてください!」

 言ってしまって気付く。


 もしかして、コレは私が言ってはいけない台詞だったのでは!?


 アイゼルは複雑な表情をしていた。


 言ってしまってから気づいても、もう遅い。

 何とか挽回しないと!


「マーシャル、妹の考えていた候補の中から選んで呼んでいたのよね? その候補を教えてくれないかしら?妹 の希望も踏まえて名前を考えたいの」

 せめて、アイゼルが候補の中から考えてくれれば本の再現になるかも。

 私が言うとマーシャルは教えてくれた。


 イオナ、サリア、ターニア、ソフィア、オレガ。


「あら、女の子の名前ばかり!」

 私はこの時赤ちゃんの性別を聞いていなかった事に気づいた。


 赤ちゃんと言うだけで可愛い存在だし、性別なんてどっちでもいいと思っていた。

 それに、アイゼルに似ているから男の子なんだろうと、なんとなく思っていて……。


 でも、赤ちゃんは女の子——?


 強烈な違和感があった。


 おかしい、おかしい、おかしい!


 本の中で出て来た候補は、アレクシス、コンラート、ラファエル、セルジュ、テオドール。

 全部男の子の名前だったような気がする……。


 もしかして、本の中の赤ちゃんは男の子じゃなかった!?


 私の前にまた一つ物語のズレが出現した。

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