第40話 「やり直し」

 ジェイクのいるところには、既に他の竜騎士たちも着陸していた。 


「ジェイク……!」


「ジェイクさん!」「ご無事ですか!!!」


 私が駆け寄る前に、屈強な竜騎士たちがジェイクに駆け寄ってしまって、見えなくなってしまった。跳ね飛ばされそうなので、焦れったく思いながらも、少し離れて待っていると、ジェイクが彼らを掻き分けて出てきてくれた。


「お嬢様――は、お怪我は、ありませんか」


「私は何ともないわ。あなたの方がふらふらしてるじゃない」


 飛びつくとジェイクは兜を脱ぐと微笑んだ。


「――ちょっと、魔力切れのようです。――情けないですが、身体がついていかないですね――」


「今、回復するわ」


 私はジェイクの背中に手を当てると回復魔法を唱えた。

 その時、空中からふわり、ふわりと黒いローブの杖を持った人たちが舞い降りてきて。

 この人たちは、フィンデール様の塔にいた魔法使いたちだ。


「遠くからでも、大量の炎竜が見えたよ。生まれ変わっても、さすがだな、ルーカス」


 そう言って、フィンデール様が私たちに近寄ってきた。


「フィンデール様!」


 隊長さんたちが背筋をピンと伸ばして畏まる。


「遅いぞ、フィン」


「お前が事を収めるのが速すぎたんだ。――しかし、助かったよ。こんな事態になるとは、我々も想定していなかった」


「フィンデール様、エリス様も、彼のことを『ルーカス』と呼んでおりましたが」


「ああ……」


 フィンデール様はジェイクと私を見比べた。


「もう言っても構わない。この状況だから」


 ジェイクはそう言って頷いた。


「彼は、あの勇者『ルーカス』本人だ。――生まれ変わって体は変わっているようだが。そして、こちらの令嬢は、前世は、魔王討伐隊の要であった聖女――『マリーネ』だ。まあ、まだ帝国本国には伝えていないので、内密にしてほしい。――いずれ、公にしないとはいけないだろうがね」


 フィンデール様は顔を上げた。

 黒い渦――【魔界の門】は、だんだんと小さくなり、やがて消えた。


「これで、終わりなんですか?」


 思わず聞くと、フィンデール様は頷いた。


「しかし、まだ、予断は許さないだろうな。魔界にも動きがあるようだ。ジェイク、彼らとこの地をしばらく見張ってもらうことはできるか?」


 フィンデール様は竜騎士たちを見回して言った。


「――そのつもりだ。もともと国王陛下に有事の際は、辺境地に来てくれと言われていた」


 ジェイクは頷いてから、私を振り返った。


「お嬢様、お屋敷から離れてこちらに来ることになってしまいますが、よろしいでしょうか」


「もちろんよ」


 頷くと、ジェイクは、少しの沈黙の後、その場に膝をついた。


「その、しっかりお渡しする前に、邪魔が入ってしまったので」


 こほんと咳払いして、ジェイクは跪くと服のポケットから指輪を出した。

 

 ――今、今?


 私は周囲を見回した。フィンデール様と竜騎士の人たちは何のことやらと目を広げている。

 恥ずかしさで顔を押さえる。


「エリス」


 けれど、はっきりとした真剣な声色で名前を呼ばれて、私はジェイクに向き直った。

 いいわ、ここは、浜辺。

 セリーヤ島の浜辺だと思おう。


「はい」


 私は頷くとジェイクを見つめ直した。


「私と結婚してもらえますでしょうか」


「――もちろん!」


 私はその指輪を受け取った。

 キラキラした大きな青いガラス玉が入った玩具の指輪。

 とても、見覚えがある。小さい頃、ジェイクに村のお祭りに連れて行ってもらった時に、私がねだって買ってもらった指輪。


『おとなになったら、ジェイクはそれをもってわたしのところにきてね?』


 そう言った記憶がある。


「まだ、持っていてくれたの」


 驚いて言うと、ジェイクは微笑んだ。


「あなたに持っていてとお願いされたのですから、もちろん」


 それから頭を掻く。


「きちんとしたものは、また用意しますね。白馬は無理でしたが……」


「竜の方が格好いいわ!」


 私はジェイクに抱きつくと、一つ、お願いをした。


「その――ルーカスっぽく、もう一度いい?」


「ルーカス、っぽく?」


 少し考えてから、ジェイクはもう一度跪いた。


「エリス、俺の妻になってほしい」


「もちろん!!!!!」


 ジェイクは神妙な顔で聞いた。


「――お嬢様のお好きな方に、寄せるようにしますが、どちらがよいでしょうか」


「――どちらも捨てがたいから、今のままでいいわ」


 ぱちぱち、という音がして、私ははっとしてそちらを見た。


「――とりあえず、おめでとう。周りに私たちもいるのを忘れないでもらいたいが」


 フィンデール様が手を打ちながら苦笑交じりに笑って言った。

他の竜騎士さんたちも、連なるように拍手をしてくれて、盛大な感じになった。


「申し訳ありません」


 私は慌ててジェイクからぱっと手を離した。

 ジェイクはそんな私に真剣な表情で聞いた。


「『やり直し』はこのような形でよかったでしょうか」


「――『やり直し』、あ、」


 私が言ったことを、ジェイクはいつも律儀に守ってくれる。


「大満足よ、ありがとう」


「良かったです」


 ジェイクは泥だらけの顔で微笑んだ。


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【完結】前世聖女の令嬢は【王太子殺害未遂】の罪で投獄されました~前世勇者な執事は今世こそ彼女を救いたい~ 夏芽みかん @mikan_mmm

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