第39話 代わりに出る
「フィンデール様のお知り合いですか!」
落下した竜騎士の方が背筋を正した。
「【魔界の門】が開いたが、あなたが方が苦戦されていると聞き、駆け付けました。あなたが、この隊の隊長ですか」
「そうです」と隊長さんは頷いた。
「あなたの竜は、先ほどの攻撃で気持ちが乱れているようだ」
ジェイクは隊長さんの黒竜の首を撫でると、力強く言った。
「あなたの代わりに、私が出ます」
3人の竜騎士たちは圧倒されたようにジェイクを見つめた。
しばらく考えてから、隊長さんが頷いた。
「――わかり、ました。フィンデール様が派遣された方なら、信じます」
「エリス様を、お願いします。お嬢様、すぐに終わらせますので、しばらくお待ちください」
「わかったわ」
私は促されて隊長さんの黒竜にのり、私たちはまた空中へと戻った。
他の4匹の竜たちは空中で散り散りに魔物を包囲している。
「いったん、全員集まって、策を練ろう、クワトロ」
名前を呼ばれたクワトロは、大きく口を開けると、周囲の空気を震わせるような大声で咆えた。その声に促されるように、他の竜たちが慌てたようにこちらに集まってくる。
「隊長――その人たちは」
隊長さんは全員を見回して言った。
「フィンデール様が送ってくれた支援の方だ。――とりあえず、彼の指示に従ってくれ」
ジェイクは騎士たちを見回した。
「思ったより魔物の量が多い。拡散する前に叩きたいと思う」
ずっと騎士たちの仲間だったかのように馴染んだ口調。
故郷の街中に建てられた、英雄「ルーカス」の姿が重なって見えるそんな口調に、騎士たちも顔を上げて真剣にジェイクを見つめた。
「君たちには、連携して魔物を囲んで固めてほしい。ここからやや南のあそこの岩付近が盆地になっている。そこに魔物を集めてもらえれば、後は俺がやるから、大丈夫だ」
ジェイクは彼らに問いかけた。
「君たちの名前を教えてくれるか?」
「ヴェンです」「ルイスです」「サライ」「グェンだ」「ルシウスです……」「マルシウスです」
6人は順にそれぞれの名前を名乗った。
ジェイクは一人一人の顔を見つめながら、指示をだす。
「ヴェン、君は12時方向、ルイス、君は2時方向、サライ、君は4時方向、グェンは6時、ルシウスは8時、マルシウスは10時……」
よく今の一瞬で名前と顔が一致するわね。ヴェンとグェン、ルシウスとマルシウス?
どちらがどちらかわからなくなるのに。
そこがジェイクのすごいところだ。屋敷でも出入りの商人からその家族まで全員の名前と顔を覚えている。
そこで少し不審げな表情の――確か、「サライ」?の肩をジェイクがぽんとたたいた。
「君のところが一番数が多い、君が要になる。よろしく頼む!」
熱がこもったその激励に、サライはぽかんと口を開けてから、背筋を正して「まかせてください」と頷いた。
「しかし、竜が先ほど隊長に当たった攻撃魔法に怯んでしまって、近づくのを怖がるのはどうすれば……」
ルシウス?が不安そうにぽつりと漏らした。
ジェイクは「大丈夫」と言い切る。
「当たらなければ、どうということはない。君たちが怯まなければ、竜は怯まない」
「当たらなければ……って」
「竜と同調して、目を凝らせ。そうすれば、軌道は読めるはずだ、――君たちは、帝国が誇る竜騎士だ、君たちなら、できる」
それから、ジェイクは私の方を向いた。
「それに、怪我をしても、彼女が治してくれる」
頼りにされたのが嬉しくて、私は大きく頷いた。
「この方は聖魔法を使われる。私と竜の傷もすぐに治してくださった」
隊長さんが自分と黒竜が無傷であるということを見せるようにくるりと回った。
騎士たちの表情に、少し安堵の緩みが出た。
「兜と剣を貸してもらえますか?」
ジェイクはそう言うと、隊長さんから剣と、帝国の紋章が入った兜を受け取って被った。
そうすると、あのルーカスとマリーネの故郷にあった、ルーカスの銅像みたいになる。
「行くぞ!」
ジェイクの掛け声とともに、竜たちは空中に散った。
***
「すごい。魔物たちを目的地に誘導している」
私と隊長さんは少し遠くから、竜たちの活躍を眺めていた。
膠着状態だった先ほどまでと違い、竜たちに追い立てられるように、魔物の群が動いていた。
時折飛んでくる攻撃魔法もかわして避けている――けれど、
「あ」
火の玉が一体の竜に当たりそうになった――刹那、そこに、ジェイクとクワトロが割って入り、火の玉をよくわからないけれど一刀両断して消した。
「――速い、普通の竜の何倍も、一体、彼は――」
隊長さんが視線の先で繰り広げられる戦闘の様子を見ながら呟いた。
赤い4枚羽の竜は疾風のように園を描く6匹の竜たちの間を飛び回っていた。
それは、まるで。
「戦場を駆ける、【赤い流星】……」
それは確か、「ルーカス」の通り名だ。
魔物たちは竜に威嚇され、じりじりと中央に追い詰められていった。
そこは、少し凹んだ盆地。
足を滑らせ、オークたちはそこへ転げ落ちていく。
大多数のオークたちが穴に落ちたところで、クワトロが空を舞う竜たちの中心に躍り出た。――そして、空に、大きな魔法陣が浮かび上がった。
空に黒い雲が立ち込め、雷鳴が轟いた。巨大な魔法陣の中に、巨大ないくつもの赤い影が浮かび上がる。その影は、全て竜だった。
「あれほどの竜を一度に……!?」
隊長さんが感嘆の声を上げた。
あの赤い竜たちは、ジェイクが以前言っていた『クワトロの親族竜』たち?
数十体の赤い竜は、一斉に口を大きく開けて、オークたちに向かって炎を吐き出しながら急降下した。離れた空中にいる私のところまで熱風が吹き付ける。フードが外れて、髪の毛が熱い風でばさばさと揺れた。
オークたちが固まっていた盆地は、竜の集中砲火の渦に包まれて地獄のようになっていた。
しかし、黒く燃えたオークたちは、固まって、ぐぐぐ、と巨大な黒い巨人のようになっていった。
「屍鬼になってしまう!」
隊長さんが大声で叫んだ。
「屍鬼?」
「鬼の怨念の塊のようなものだ。頭が完成する前に、倒さねば。あんなに巨大な屍鬼は見たことが――」
そんな会話をしている最中。大量の竜たちがすっと姿を消した。
そして、クワトロの上にいたジェイクが、剣を振りかざして、竜の背から飛び降りた。
「ジェイク!」
私が手を伸ばした、その瞬間には。
ジェイクの剣先が、黒い塊の――屍鬼の、頭の部分の形になろうとしていたところを、切り落としていた。
頭が落ちた屍鬼はそのまま地面に崩れ落ちた。
と、同時に、ジェイクはその傍らに座り込んだ。
「あ」と私が手を伸ばすと隊長さんが、
「終わったようだな。行きましょう」
と黒竜を降下させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます