第38話 呼び出し
セリーヤ島に来て、3日目。
1日目は小人さんたちが私たちの歓迎の宴を催してくれた。
2日目はそのお返しに、ジェイクと島の中央にある山の上に行って、そこにある木の実をとってきた。小人さんたちがそこまで登るのはとても大変みたいなので、すごく感謝された。
3日目は、ゆっくり浜辺で過ごしている。
私の屋敷の周りに海はないので、実はこうして浜辺にくるのは初めてだ。
靴を脱いで波打ち際に立てば、足元をさらっていく波がくすぐったい。
「見て、ジェイク。お魚がたくさんいるわ! 見たことない色!」
そう言ってジェイクの袖を引っ張ると、
「お嬢様」
真剣な表情でジェイクが私を呼んだので、
「はい」
思わず背筋を伸ばして返事をした。
「――故郷や帝都をあんたと回って、気づいたのです。前世の記憶はどんどん遠く感じられて、目を閉じればお嬢様の姿ばかり浮かぶということに。――マリーネ様だったころの記憶が、あろうとなかろうと、私にとって――エリス、」
ザザ―っと波の音が聞こえて、水面がキラキラと朝日に輝いている。
「あなたこそ、大切な人です」
ジェイクは砂地に跪いた。ポケットから小さな箱のようなものを取り出す。
これって、
「エリス、私の――」
その時、ピカーっとジェイクの首元が光った。
「?」
ジェイクは首にかけた鎖を引っ張った。その先にはフィンデール様からもらった連絡用の水晶珠がかかっている。その水晶が強い光を発していた。
「――」
ジェイクは鎖から手を離すと、こほんと咳ばらいをして、また跪いた。
「……エリス、」
ピー! ピー!
今度は、水晶から音が出てくる。
「ジェイク、鳴っているわ。出た方がいいと、思うわ」
私がそう言うと、ジェイクは頭を抱えてから立ち上がった。
「――出ます」
水晶に手をかざすと、少し不機嫌そうに返事をした。
「フィン、何か、用か」
『ルーカス、お前は、今、どこにいる?』
少し、焦ったようなフィンデール様の声。
ジェイクも真剣な表情になった。
「セリーヤ島にいるが、どうした?」
「そうか。よかった。セリーヤ島なら近いな。エルシニア王国南部辺境の【魔界の扉】が開いて魔物が出てきたと報告があった。応援に行っていた竜騎士団が止めているが、苦戦しているようだ。――我々、魔法使団も、準備を整え次第向かうが、お前が行けるようなら加勢して欲しい。行けるか?」
フィンデール様は早口で状況をまくしたてた。
ジェイクは一言だけ「すぐに向かう」と答えて通信を切った。
「お嬢様、申し訳ありませんが、すぐに戻らねばなりません」
言いながら、肩から降りてきて横で大きな姿になったクワトロに跨って、私を手招きした。
「――どうして、私は、エルシニアを離れているのに――」
「国を荒らせば、聖女が戻ってくるという考えかもしれませんね。魔物の考えはわかりませんが」
「――帝国から派遣された竜騎士団が苦戦している、というのも腑に落ちません。それほど大きな【魔界の門】ではなかったと思うので、竜騎士数人がいれば、扉を閉じるのは容易だと思っていたのですが、状況を見ないとわかりませんね」
ジェイクは竜に「行くぞ」と呼び掛けると、空に羽ばたいた。
セリーヤ島はすぐに下に見えてしまった。
見ると、貝が輝く綺麗な浜辺に小人たちが驚いたように出てきて並んで私たちを見上げている。
「お礼もしっかりできなかったわね」
クワトロが大きな声でお別れを言うように咆えた。
「事態が落ち着いたら、お土産を持って再訪しましょう」
「そうね」
私は大きく手を振った。
***
「――何、あれ」
私は空の上から、その光景を驚いて見つめた。
荒野の先に、黒い四角い淀んだ穴が空いている。
そこから、緑色の竜の鱗のようなもので体が覆われた小さな人のような姿の魔物が湧きだす様に出てきていた。
「あれが、【魔界の門】です。出てきているのはゴブリンですね」
魔物たちを取り囲むように7体の竜が空中で睨みをきかせている。
揃いの甲冑を着て、竜に乗った剣士たち。
あれが国王様が派遣依頼をしていた帝国の竜騎士の方たちかしら。
魔物たちは竜を警戒してか、動かないで固まっている。
「……大丈夫そう?」
「いえ、あれは……何か、準備してますね」
ジェイクは表情を厳しくして、魔物の群を見つめた。
そう言っている間に、魔物たちの中央部から黒い煙のようなものが上がった。
そこから、炎の塊のようなものが竜たちの方向に爆ぜた。
驚いたように竜たちが叫び声をあげて四散する。
炎の塊は逃げる彼らを追いかけるように軌道を変えて動き回る。
「あれは、魔法?」
私の問いにジェイクは頷いた。
「炎の高位魔法です。魔法を使えるゴブリンがいるとは思ったより魔物側も本気ですね。――しかし、この程度で逃げ回るとは、情けない」
1つが黒色の竜に直撃した。
炎の塊が当たって落下した竜のもとへ、他の竜たち数匹も駆けつける。
ジェイクは「ああ」と頭を抱えて言った。
「――行きましょう」
私たちも彼らのところへ駆け付けると、荒野の岩場に黒竜が丸まっていた。
「隊長!」「お怪我は!」
竜騎士が3人、落ちた竜に駆け寄っていた。
空を見上げれば、残りの3人は残って魔物への包囲を続けている。
地上の竜騎士たちの方に視線を戻し、横から覗き込むと、落下の衝撃からか、黒い鱗がはがれて血が滲んでいる。
「痛そう」
思わず呟くと、驚いたように騎士たちがこちらを振り向いた。
隙間ができたので、私は間を縫って黒竜の傍によると、回復魔法をかけた。
竜の傷はあっという間に塞がり、嬉しそうに声を上げる。
次は、乗り手の騎士の方。
「見せてください」
騎士の方はそんなに怪我はなさそうだった。黒竜がかばってくれたのかしら。
「ありがとうございます。――あなた方は?」
「私はエルシニア王国、ハウゼン侯爵家、エリス=ハウゼンです。彼は……」
「帝国魔法使教会、フィンデールから連絡を受け、支援に来たジェイク=ハワードと申します」
ジェイクはフィンデール様から受け取った水晶を見せながら言った。
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