第26話 『将来本物の王子様が迎えに来てくれますよ』(sideジェイク)

 気持ちの整理がつかない。

 廊下に出ると、私は頭を抱えその場に座り込んだ。

 

『特別に好意を持っている』とお嬢様は言っていた。

 

 同じことを、彼女が幼い頃に言われたことがある。

 あれは14か、15の頃だったか。いわゆる思春期といわれるような年齢だったためか、収穫祭が近づいたころ、屋敷近くの村の、同年代の娘たちが頻繁に『祭りに一緒に行きましょう』とわざわざ屋敷まで私を誘いに来ていた時期があった。そのことをどこで耳に挟んだのか、お嬢様は私は「自分と一緒に祭りに行く」のだと泣いて訴えた。


 領主のお嬢様である彼女を、一介の使用人である自分が祭りに連れ出すことなど考えられなかったが、一緒に行かねば彼女の機嫌が収まらない状況だったので、旦那様にも「行ってくれ」と依頼され、祭りへお連れした。


『ジェイクはわたしとけっこんしてくれるでしょ?』


 手をつなぎ、露店を見せて回っていると、ふと私を見上げて幼い彼女は言った。

 返答に困って私は頭を掻いた。

 お嬢様に懐かれている自信はあったが、結婚を求められるとは思わなかった。

 ごっこ遊びにお付き合いしたときに、王子役を何度もやったことがある。

 幼い彼女はそれをそのまま、現実のことのように受け入れているのかもしれない。

 

『それは――……えぇと、お嬢様のことは、将来本物の王子様が迎えに来てくれますよ』


 その時には、お嬢様と第2王子であるオーウェンとの婚約の話が進んでいるということは、父から聞いていた。


『わたしがこどもだからって、ごまかさないでちょうだい』


 お嬢様は文字通りばたばたとその場で地団太を踏んだ。

 周囲の視線が集まるのを感じて、私は頭を掻くと答えた。


『ごまかしては――そうですね、私はずっとお嬢様の近くにいますよ』


『ずっと……?』


『ええ、ずっとです』


 そう言うと、彼女はしばらく思案したのち、にっこりと笑った。

 私の回答に満足されたかと安堵したところで、また驚くことを言った。


『じゃあ、ゆびわかって!』


 と袖を引っ張ってねだったのだ。


『今ですか?』


『いま!』


 それは領地内の農家の収穫祭の露店で売られていた、玩具の指輪だった。

 幼い女の子が好みそうな大きな宝石に似たガラス玉がついている。


『お嬢様、もっと良い指輪を旦那様が買ってくださいますよ?』


『わたしは、いま、ジェイクにかってほしいの!』


 お嬢様は頬を赤くすると、今にも泣き出しそうな顔でそう言った。


(指輪一つで満足されるなら)


 私はその指輪を買って、お嬢さまに渡そうとした。――すると、


『いらない!』


 お嬢様は首をぶんぶん振る。私は困惑して唸った。


『えええ……』


『【いまは】よ! おとなになったら、ジェイクはそれをもってわたしのところにきてね?』


 幼いながらに、いかにも大人の女性を真似したような言い方に、思わず感心して頷いた。


『――なるほど、そういうことですか』


『うまにのってくるのよ!』


『馬ですかぁ』


『はくばね! ぜったい!』


 祭りの賑やかな喧騒の中、子どもらしく好きにわがままを言うお嬢様の姿に、私はとても心安らぐ平穏な時間を感じて、微笑んだ。


『――わかりました』


 前世のマリーネ様は、ルーカスと同様親に棄てられ辿り着いた修道院で、修道女として苦労して暮らしていた。のびのびとした子ども時代などなかっただろう。今世で彼女は、前世では得られなかったそういった平和な暮らしを手に入れている。


 やはり、今の彼女には前世の記憶など不要だと確信した。


 ――それ以来、そのようなことを言われることはなく、お嬢様は婚約者であるオーウェンと良好な関係を築いているように思われた。私はオーウェンの考えを見抜けなかったわけだが、少なくとも彼は婚約者として申し分なく見えたし、お嬢様も楽しそうだったので、私はお嬢様たちがその時間を楽しめるように尽力するのみ、と思っていた。

 

 ――今世では、このまま真っすぐに成長し、物語にでてくるお姫様のように、王子と結ばれ末永く幸せに暮らしていただきたい。自分はそんな彼女を後ろから見守っていられれば満足と、そう思っていたのだが――、


「ジェイク? どうしたの、そんなところで座り込んで」


 ふと顔を上げると、母がいた。母さんは、高齢になった大奥様の面倒を今も見ている。

 父さんが旦那様の付き添いで王都に行っているので、屋敷内の見回りに代わりに来てくれたのだろう。


「お嬢さまの様子はどうだった?」


「――やはり、少し、落ち込んでいらっしゃるようでした」


「それは――そうよね」


 頷いた母さんは、そのままになっている茶器の載った運搬用の台を受け取ると、私の背中を叩いた。


「あなたも、いろいろあって疲れているでしょう。これは私が片付けておくから、早く休みなさい」


「ありがとうございます、母さん」


 そう言ったものの、そのまま銀食器の管理室に向かい、扉を開け、座り込んだ。

 

 私にとってのお嬢様はマリーネ様の生まれ変わりであり、見守りたいと願う存在だ。

 異性として見るなど、よこしまな感情を向けてよいような存在としては認識しておらず、お嬢さまが私の事をそのように想っていたと告げられ、困惑してしまった。


(――どのように、答えればいいだろうか)


 無心でカトラリーを磨く。気づいたころには夜が明けていた。


(――奥様たちのお食事の手配をせねば)


 父さんは旦那様と一緒に王都に行っているので、今朝の采配は自分がやらなければならない。はっとして、急いで厨房の使用人たちへの指示出しを始めた。



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