第21話 姿かたちが変わっても、貴方はずっと
「え」
思わず声が裏返ると共に、顔が熱くなるのがわかった。
ジェイクは何を言っているのだろう。それじゃ、まるでプロポーズの言葉みたいじゃない。
「それは――どういう意味?」
膝をついたジェイクの青い瞳が下から真っすぐと私を見ていた。
言葉が出てこなくて、空気を何回か飲み込む。
「言葉そのままです。お嬢様に目覚めた力をもし悪用しようと近づいてくる者がいれば排除いたします。お嬢様は、今までどおり普通に暮らしていただければいいのです」
「……」
私はぽかんと口を開けて、ジェイクを見つめた。
ちょっと待って。本当に言葉そのままじゃない。深い意味はないの?
「――お嬢様? どうかされましたか?」
「――気にしないで、私の勘違いだわ」
私は顔を隠すように丸くなった。早とちりしたのが恥ずかしい。
ジェイクは昔からいつだって、誰よりも私の傍にいてくれた。
庭園で転べば地面にぶつかるまえにつかまえてくれて、風で帽子が飛ばされれば、遠くへ飛ばされる前に受け止めて頭に乗せてくれた。傍にいるのが当然で、自分と彼の立場の違いをよくわかっていなかった幼い頃は、大きくなったら彼と結婚すると勝手に心に決めていた。
『ジェイクのやつ、村の
『あらあら、今日はお祭りがあるものねえ。……このところ毎日誰か来てない?』
『――今週5人目だな。贅沢なやつだ』
『いちいち数えてるあんたも暇ねえ』
『今日の子が
『真打って、剣技の試合じゃないんだから……』
屋敷の隅でそんな話をする使用人の話を耳に聞いて、
『ジェイクどこ! ジェイクはわたしとおまつりにいくのよね!!!』
ジェイクのお父様の前で大泣きして困らせたのは、今思い出すと穴に入りたくなるような思い出だ。結局大慌てで駆け付けたジェイクに、お祭りに連れ出してもらったのは嬉しかったけど。
婚約者としてオーウェン様に会ったのはそれからしばらくして。
ジェイクは我が家の執事の息子で、私には本当の王子様の婚約者がいる。
その頃にはそんな現実を理解できるようになっていた。
彼は従順に我が家に仕えてくれる優秀な使用人。いつか彼の父親のように、侍女か村の女の子か、釣り合う相手と結婚して、弟が継ぐだろうこの家をずっと支えてくれるのだろう。
オーウェン様が私に会いにくると聞けば、「楽しい時間が過ごせるように」と川に浮かべる船をてきぱきと手配してくれるジェイクを見ながら、私が将来オーウェン様と結婚して、子どもたちを連れて遊びに来たら、同じように家族で楽しめるよう船を用意して、『お嬢様、お変わりなく』と安心したように微笑む、そんな彼の姿を思い描けるようになっていった。
けれど、今回もうだめだと思った時に、彼が目の前に現れて、安心感とともに、自分が置かれた大変な状況を忘れて、小さなころに胸に抱いていた気持ちが胸に渦巻いた。
「勘違い、とは?」
「その――」
私は意を決して言った。
「『愛の告白』のようなものだと、思うじゃない……」
「『愛の告白』?」
ジェイクはオウム返しすると、首を傾げて少し考えてから私に向き直った。
「もちろん、私はお嬢様のことを愛しています」
当然のこと、というようにジェイクは単刀直入に答え、真っすぐに私を見つめる。
「ちょっ……え?」
私が口をぱくぱくさせている間に、彼は言葉を続ける。
「お嬢様も、旦那様も、奥様も、お嬢様も、――父も、母も、この屋敷の全員が私にとってかけがえのない、愛すべき存在です」
「……そぉ……なのね」
私は顔を押さえてさっきより小さく丸まった。
私の考える『愛』とジェイクの今語っている『愛』は――違うものね。
「――英雄と謳われようと、ルーカスとしての、前世の人生は、幸せなものではありませんでした。家族もいませんでしたし、毎日死ぬか生きるかの生活で、温かな寝床でゆっくり休めることなどなかった」
その時「ぎゃあ」と不満そうな声がして、ルーカスの胸元から赤い竜がちょこんと顔を出した。
「ごめんごめん、お前と出会えたのは幸せだったよ」
私は顔を上げるとまじまじとその小さいトカゲのような姿になった赤い竜を見つめた。
この姿――見覚えがあるわ。
「その子、私、見たわ。牢の中で」
「覚えていらっしゃいましたか。クワトロを牢に向かわせて、見守らせていただいておりました」
「この子が、私を見ていてくれたの?」
ジェイクは「はい」と頷いてから、少し考えこむように首を傾げて、説明した。
「正確には、私が――と言うべきでしょうか。私はクワトロと感覚を共有できるのです」
「その子の中にあなたがいたということ?」
「――そういうことですね。竜騎士は竜の視界を借りて物を見て、感じることができるのです」
「それってどんな感じなの?」
ジェイクは顔を輝かせた。
「素晴らしいですよ。遠くまで見渡せて、鳥になった気持ちになるというか――何でもできるような気持ちになります」
少し得意そうに笑うその顔に、私の中で誰かの笑顔が重なった。
はにかむような少年の笑顔。
顔立ちは全然違うけれど、私を見つめる青い瞳がジェイクとそっくりだった。
彼は『ルーカス』
その少年の名前が私にははっきりとわかった。
他の記憶ははっきりと思い出すことができないけれど、彼がずっと自分の近くにいた存在だということははっきりわかった。
今も昔も――姿かたちが変わっても、貴方はずっと私の近くにいてくれたのね。
だけど。そこではっとした。
私がマーティン様を治せたから良かったけれど、あんなに派手に登場して、もし私がその聖女の生まれ変わりじゃなかったり、何もできなかったりしたらどうするつもりだったのかしら。
「ねえ、貴方、私が癒しの魔法を思い出さなかったらどうするつもりだったの」
「――ご家族と屋敷の全員を連れて、南の島へ飛ぼうかと思っていました」
何気ない様子でジェイクは言う。
「南の島」
「セリーヤ島という美しい島です。とても温暖で、過ごしやすいところなので、お嬢様も気に入るかと思いまして」
私はどう返事良いかわからず「――別の機会に、行ってみたいわ」と呟いた。
いろいろ計画していたのかと思ったけれど、
思ったよりも勢いだったみたいだ。
本当に良かったわ……、思い出せて……。
南の島というのも行ってみたいけれど、やっぱりここでのいつもの暮らしが一番だ。
その時、私のお腹が鳴った。
少しの沈黙のあと、ジェイクが少し笑いながら言った。
「……お時間をいただいて申し訳ありません。食事が冷えてしまいますね」
「お腹ぺこぺこよ」
彼に手をとってもらって立ち上がると、私は家族の待つ食卓へ向かった。
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