第20話 「とても、大切な人です」(side ジェイク)

『――何か、知らない風景を見た気がしたの。でも、それは今はもう思い出せなくて』


 お嬢様のその答えに、私のなかでいろいろな気持ちが混ぜこぜになった。

 お嬢様がお嬢様の人格のままで嬉しい気持ちと、かつてのマリーネ様はもうどこにもいないということを改めて思い知った悲しいような気持ちが同時に渦巻いた。

 

「そう、ですよね」


 それこそ、彼女らしいと思った。

 きっと彼女は、使命を果たし世界を救った自分の最期に、何の後悔もなかったのだろう。

 だからこそ、きっと、昔の記憶をはっきりと思い出さないのだろう。

 マリーネ様はそういう人だった。

 自分自身のことよりも、いつも周りの事を気にかけて、最善を尽くし、後悔などしない。

 失ったことばかりに固執し、生まれ変わってもずっと引きずっている自分とは大違いだ。


「貴方は、いつから私がそうだと知っていたの?」


 お嬢様が私を見据えて聞く。

 

 ――自分はルーカスとしての人生に後悔ばかり残して死んだ。

 私は苦笑した。

 だからこんなにはっきりと、前の人生の記憶を引きずっているのだろう。

 

「お嬢様が、生まれた時からです」


「生まれた……とき!?」


お嬢様は驚いたように瞳を大きく広げた。


「そんなに前から? どうしてもっと早くに言ってくれなかったの?」


「彼女は――、マリーネ様は、癒しの力に目覚めたばかりに聖女と周りに担ぎ上げられ、魔王討伐に参加して命を落とすことになりました。私は――、貴女がハウゼン家のご令嬢として幸せに生きるために、その力も記憶も必要ないと思ったのです。――余計なものだと」


 彼女の名前を後世に伝えなかったのは、恨みがあったからだ。

 彼女を聖女と祀り上げ、危険な魔王討伐に向かわせた民衆に。

 もちろん、彼女は自らの意思で志願して使命を全うしたのだから、これは私の個人的な恨みではあるのだが。私は、魔王など倒さなくても――マリーネ様が生きていてくれたらそれで良かったのに。


「……マリーネという人は、貴方にとって何だったの?」


 一呼吸おいて、私ははっきりと言った。


「……とても、大切な人です」


 彼女本人には最期まで言葉で伝えられなかった。

 彼女は前世の自分にとって、全てだった。

 

「でも、」


私は言葉を続けた。記憶がはっきりとなかったとしても構わない。

 どんな姿であっても、名前が何であろうが、彼女が幸せになってくれることが私の幸せだ。


「――お嬢様はお嬢様で良いのです。そのままで、お嬢様がお嬢様として幸せになってくれれば、それで私は幸せです」


 私は跪くと、お嬢様の手を取った。


「――私は貴女の幸せを何が何でも守ります。これからもずっと」


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