第16話 「薄汚いクズめ」(side ジェイク)

「どうして自分がやったと言ったんだ?」


「それは」


 お嬢様が視線を向けた相手を見て、私は唇を噛んだ。

 お嬢様に向かってほくそ笑むオーウェンは、こともあろうかお坊ちゃまの手を握っている。――弟がどうなってもよいのかという、脅しか。


 「薄汚いクズめ」


 頭にかっと血が上り、考えるより先、身体が動いた。

 男を地面に押さえつけ、お坊ちゃまを奥様に渡す。

 

 お坊ちゃまは、一瞬驚いた瞳を私に向け、それから火のついたように泣き出した。

 急に頭が冷えて、動揺した。怖がらせてしまっただろうか。


 ――しかし、今は。


「お坊ちゃまに触らないでいただきたい」


 はあと息を吐き、心を落ち着けてお嬢様を見つめると、彼女はぽかんとした表情を引き締め、小さく頷いた。


「……っ」


 身体の下で男がもがく。国王様が呼んだので、ずるずると引きずって玉座に連れて行った。


 お嬢様を近くでよく見ると、頬がやややつれていた。

 後ろを振り返ると、お坊ちゃまはまだ泣いている。

 怒りで腹が煮えくりかえる思いがした。

 くだらない兄弟の権力争いに、私のお嬢様やご主人を巻き込むなど。

 

 しかしそれ以上に、自分に対しても怒りを感じた。

 オーウェン様の本性を見抜けなかったことに。


 穏やかな王子だと思っていた。

 王位継承者ではないので、将来王として矢面に立つことなく、平穏に人生を生きてお嬢様と幸せに暮らしてくれそうな人物だと思っていた自分が馬鹿だった。


 もう一人――婚約者アリエッタ。お嬢様が実の姉のように慕っていたのに、その信頼を裏切るとは。


 そのアリエッタが国王様の前で、「自分がやった」と言い出した。


 私はオーウェンを睨んだ。この場に及んで、言い逃れをする気か。


 そのまま竜に食べさせてやりたい欲求に駆られたが、息を吐いて堪えた。


『貴方はいつも一直線なのだから』


 かつてお嬢様――いや、マリーネ様に言われた言葉を思い出す。

 当時も――、考えなしに敵に突進して仲間には迷惑をかけたものだ。

 ジェイクとして、今世では学を身につけ、落ち着きを学んだつもりだったが、性分は変わっていないと改めて反省する。


「ちょっと待ってください」


 お嬢様が発した声に、内側で葛藤していた私は顔を上げる。


「貴女は、マーティン様を殺せなかったんじゃないんですか?」


 私は思わず『マリーネ様』と呟きかけた。

 

 ああ、そうだ――、貴女はいつも、人の気持ちを考えている。怒りばかりにとらわれる私とは違って。


 アリエッタは、国王の前に頭を下げると、オーウェンと父親の名を告げた。


 周囲の騒めきが大きくなる。


 アリエッタの家、マッケラス公爵家は王族と血縁関係にある、古くから権力を持つ貴族だ。

 そのマッケラス公爵家自体が絡んでいるとなると――今後、貴族の力関係も大きく揺らぐ大事件だ。聴衆の貴族たちが混乱するのも無理はない。


 しかしそんなことは――どうでもいい。


 私の一番の優先順位は、お嬢様が幸せであること――、そして、そのためには彼女の家族、私のご主人一家が幸せであることだ。


 どいつもこいつも、その邪魔をしないでほしい。

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