第15話 「お前……っ、裏切っ」

 何度も床に頭をぶつけるようにしながら肩と声を震わせて、アリエッタ様はそう叫んだ。

 オーウェン様の口元が少し上がったのを、私は呆然と見つめた。


「アリエッタ!?」


 マーティン様が顔を真っ青にして自分の婚約者の名前を叫んだ。


「私は、マーティン様ではなく、オーウェン様を愛してしまったのです。だから――マーティン様と、エリスが邪魔だった。だから、マーティン様を殺して――、エリスに罪を着せれば良いと思いました。家族の命と引き換えにと言えば――、エリスは自分がやったと言うに違いないと思っていましたから」


 アリエッタ様は私を見ると自嘲気味に笑った。


「貴女は本当にそのとおりに、『自分がやった』と言ったわね」


「そんな、アリエッタ! 君とのことは、正式にお父様とお兄様に話そうと思っていたのに!」


 白々しく、オーウェン様がアリエッタ様の肩を揺らしながら震える声で叫んだ。


 ――アリエッタ様ひとりを切り捨てて、それで済ますつもりなの?


 私はその様子に自分の目を疑った。

 さっき、アリエッタ様に彼女の父――マッケラス公爵が何か囁くのを見た。

 彼らは、総出で彼女だけを切り捨てるつもりなのだろう。

 私は怒りで頭が熱くなるのを感じた。

 それは、オーウェンに対しても、マッケラス家に対しても、そして、それをそのまま受け入れるアリエッタ様に対しても。


「ちょっと待ってください!」


 声を張り上げた。

 自分に周囲の視線が集まるのを感じる。

 ごくりと、喉を鳴らして、アリエッタ様を見据えた。


「アリエッタ様、貴女はマーティン様を殺せなかったんですよね?」


 一瞬の唖然とした表情の後、彼女は目を吊り上げた。今までとは違う、感情をむきだしにした表情。


「――殺そうとしたわ! マーティンが全部飲んでくれなかっただけで!」


「貴女は、私のことが――、私から見える世界には嫌なものなんてなさそうで、そういうところが憎らしいってそう言いましたよね!? でも、私の目には貴女とマーティン様はお互いに想い合っている、将来とてもお似合いのご夫婦になると――そう見えたんです。そして――私は今でもそれを信じています」


『貴女とマーティン様はとてもお似合いに見えたのに!』


 そう言った時に顔を歪めた彼女のその表情に、私は彼女の本心を見た気がしたのだ。

 マーティン様はあの時勢いよくワインを飲み干していたし、十分な致死量を入れていれば、即座に死んでいたのではないだろうか。

 私はアリエッタ様が毒を入れる様子を想像する――必要な量の毒を入れようとして、一瞬躊躇し、全部を入れられなかった、そんな姿を。


「貴女は、マーティン様の命を奪うことを、躊躇されたのでは?」

 

 アリエッタ様はぐっと言葉を飲み込むと私を睨んだ。


「違うわ、私は――」


 その言葉を途中で止めたのはマーティン様だ。


「アリエッタ、僕は、君のことが――本当に好きだったよ」


 竜に乗せられたせいか皺が寄った寝間着姿の彼はそのまま、アリエッタ様に近づいた。


「触らないでよ! 私が貴方のことを殺そうとしたのよ!」


 それでも、マーティン様は彼女を抱きしめて言った。


「――君も同じ気持ちだと、思っていた。君がオーウェンのことを好きだなんて、信じられないんだ」


「――っ」


 アリエッタ様は一瞬泣きそうな顔になった。

 それから、マーティン様を突き飛ばすと、国王様の元に一歩踏み出し、いったん周囲をぐるりと一瞥してから膝をついて頭を下げて、言った。

 

「私は――、父とオーウェン様に――マーティン様に毒を飲ませるよう、言われました」


「お前……っ、アリエッタ! 裏切っ」


 私の横で低い、怒りに満ちた声がした。――オーウェン様の声。

 そして、同時にばんっ、と何かが倒れる音。

 振り返ると、ジェイクがオーウェン様をまた床に押さえつけていた。


「全く、往生際の悪い……」


 ジェイクは眉間に皺を寄せた厳しい顔で呟くと、驚いた顔の私に気づいて、表情を真顔に戻した。彼の腕の下で、顔を床に押し付けられたオーウェン様が呻きながらもがいている。


「お嬢様、今度はオーウェン様を治して頂かなくて結構ですよ」



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