第8話 同じことを繰り返して、堪るものか。(side ジェイク)

 お嬢様がマーティン様を殺そうとすることなど、あるはずがない。


「私たちをよく思わない者たちが、仕組んだことだと思う」


 お嬢様が連れて行かれた後、旦那様は父と私を部屋に呼び出し、沈痛な面持ちでそう言った。


「ハワード、できる限り手は尽くすつもりだが、我々にもしものことがあった場合は使用人たちのことは頼んだよ。私の伯父に手紙を書いた。君たちの面倒は見てくれるそうだから、荷物をまとめてそちらへ行きなさい。――もしもの時は、ディランは君たちに紛れ込ませようと思う」


 旦那様は父に「頼んだよ」と頭を下げた。


「旦那様!」


 思わず叫んだ私に、


「ジェイク、君はとても優秀だ。君ならどこでもやっていけるよ」


 旦那様はそう微笑んで私の肩をたたいて、部屋を出て行った。


 私は唇を噛んだ。

 お嬢様や旦那様にこのような思いをさせたのはいったい誰だ。誰が仕組んだ。


 エルシニア王国は平和な国だ。しかし王宮内での権力争いがないわけではない。マーティン様ご自身は穏やかな性格でいらっしゃるが、本人の思惑とは別に、消えて欲しいと望む人間がいたのだろう。弟であるオーウェン様を王太子に推す派閥もいると聞く。


 ――しかし、一番の問題は、お嬢様に嫌疑がかかったことだ。


 私にとっては王子が死のうが生きようが、政権が誰の手に渡ろうがどうでもいい。

 私の大切な人々――お嬢様ご一家、父、母、同僚が平穏無事に暮らせるのであれば。


 ハウゼン家は今の旦那様の先々代から領地を広げた新興の貴族だ。

 旦那様の言う通り、それを良く思わない人物は多数いるだろう。

 

ちっと舌打ちをする。


 王宮内のくだらない争いにお嬢様たちが巻き込まれたということが腹立たしかった。

 

 もし「家族の助命と引き換えに罪を認めろ」などと言われれば?

 家族を引き合いに出されれば、きっと彼女は「私がやった」と自分ひとりで責任を負おうとするだろう。王太子暗殺を謀ったと決めつけられれば――お嬢様は死罪は確実だろう。旦那様や奥様の関わりまで追及されれば、お二人も死罪?


 前世の記憶が脳裏を掠める。領主に連行される前世の彼女を、何もできずに見つめるだけだったルーカス。


 ――同じことを繰り返して、堪るものか。


 私はあの時の無力な子どもではない。かつて魔王と戦った時の力を今も使える。

 例えば王宮に乗り込み、兵士全員を殺してお嬢様を連れて帰ることくらいは容易くできると思う。


 ――しかし、そんなことをしてしまえば、お嬢様も旦那様も私の両親もこの地にいられなくなってしまう。いっそ、この屋敷の使用人含め、全員連れてどこかに移住するとか――?

 

 極端な考えに至ってしまい、首を振った。

 いや、それは最終手段だろう。

 最善は彼女の無実を公衆の面前で明らかにすること。


 ――どうやって?


 旦那様から先ほどマーティン様は意識が戻らないものの、一命を取り留めたと聞いた。


 ――それならば、彼女の癒しの力を引き出せば。


 私自身、前世の記憶を取り戻した瞬間に――、かつて身につけた剣技や魔法の力を取り戻した。彼女だって、記憶を取り戻せば、癒しの魔法を思い出すのでは。


 マリーネ様は本気になれば死者でさえ蘇生させることができ、『聖女』と謳われたほどの魔法の使い手だったのだ。王子を蘇生させることなど容易いだろう。

 殺そうとした相手を治すなど、暗殺者がするはずがない。

 それを皆の目前で行えば、誰も彼女の罪を問えなどしないはずだ。


 では、――彼女に記憶を戻させるには?


 記憶を取り戻すきっかけは『名前』だと思う。

 彼女がまだ幼いころに、過去の名で呼び掛けたところ、私の方を見つめたことを思い出した。私も、かつての名前を聞いた瞬間に記憶が戻った。

 

 かつての名を呼びかければ、記憶が戻るのでは。


 私は自問自答を続けた。


 ――彼女に記憶を戻させたとして、それで彼女が幸せになれるのか?

 

 前世で叶えられなかった『普通の人生』を幸せに生きて欲しいと、そう望んでいたはずだった。幸せな貴族の令嬢として、相応しい相手と結婚し、幸せな家庭を築く。そんな彼女の姿を見守りたいと思っていた。


 ――しかし、私にはこの状況で、お嬢様に過去の力を取り戻していただき、身の潔白を晴らしてもらう以外の良い方法が思い浮かばなかった。

 

 前世で聖魔法の使い手になった彼女は、魔王討伐部隊という危険な任務に自ら進んで参加し、命を散らしてしまった。私はそれを近くにいたのに止められなかった。マリーネ様はとにかく自分のことは二の次で、人のために尽くしてしまう、まさに聖女だった。

 

 強力な聖魔法と前世の記憶を取り戻してしまったら、彼女はまた自分のことを顧みず、戦地など危険な場所に突っ込んでいってしまうのではないだろうか。


(いや、しかし)


 私は首を振った。

 例え記憶が戻ったとしても、今のお嬢様の人格が書き換わるわけではないと思う。


『ジェイク、今日は天気がいいから庭でお茶をしたいわ』

『ジェイク、この前のアリエッタ様のドレス素敵だったと思わない? 次はああいうデザインのものを作ってもらいたいわ』


 ころころと感情豊かに表情を変えるお嬢様を思い出す。

 前世のマリーネ様では考えられない姿だ。

 あの人はいつも自分の感情は抑え穏やかに笑うばかりで、自身がどんな気持ちでいるのか全くわからなかったから。


(きっと、大丈夫だ。今度は)


 試してみよう。それが最善の方法だ。


(もし、うまく事が運ばなければ)


「お嬢様は寒いのがお嫌いだから、暖かいところだな」


 屋敷の全員を連れて南の島にでも移住しよう。


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