第9話 「そりゃ、別人だからさ」(side ジェイク)

 一刻も早く自分にできることをやらねば。


 私は自室に戻ると筆を執り紙に魔法陣を描いた。

 魔法陣は、魔物や竜が住まう異界と人の世を繋ぐ入口だ。

中心に手をかざし、呪文を唱える。かつて、ルーカスであった頃、一緒に空を駆けた赤い竜を思い浮かべ、呼び掛ける。


『我が呼び出しに応えよ!』


 魔法陣から風が巻きあがった。

 その中から勢いよく現れたのは、四枚羽の炎竜――百年ぶりに見るかつての相棒。


「久しぶりだな、クワトロ」


 名を呼びかけ頭を撫でてやると、彼は私にざらりとした頬を寄せて不思議そうに唸った。

 『お前、この前と見た目が違うじゃないか』と言っているのだ。

 竜は万の年を生きる。彼にとっては百年の時間は一瞬のようなものなのかもしれない。


 思わずかつてルーカスだった時のような口調に戻って笑った。


「そりゃ、別人だからさ……。でも俺だって、すぐわかってくれて嬉しいよ」


『当たり前だ』とクワトロは歯を剥いた。


「そうだな、お前は俺の一番の友達だったんだ」


 私はしみじみと旧友のごつごつとした頬を撫でた。

 その時、


「――ジェイク、何か大きな音が――」


「あ」


 父さんが扉を開けて、クワトロを見て腰をぬかした。

 私は頭を抱えた。「こうしよう」と思い込んでしまうと、周りの事が見えなくなってしまうのは前世からの悪い癖だ。せめて扉に鍵はかけておくべきだった。


「な、なんだ!? それは?」


(どちらにせよ)


 私は父さんに向き直った。

 計画的に事を運ぶには、父さんや旦那様に事情をお話しておく必要があるだろう。


「父さん、今まで黙っていましたが」


 なんと言葉を続けるべきか。ごくりと唾を飲んだ父さんの肩を持ち、一呼吸して話した。


「私には前世の記憶があります」


「前世!?」


 父さんは「一体何の話だ」と眉間に皺を寄せた。

 無理もない反応だ。


「――『ルーカス』――父さんもご存じですよね。あの、魔王を倒した」


「勇者ルーカスのことを言っているのか!?」


「そうです」と私は頷いた。


「私の前世はそのルーカスでして。その時の記憶を持っていまして。こちらの竜は、当時の相棒のクワトロです」


 クワトロは唸り声を上げながら首を垂れた。


「――大陸の、帝国にしか存在しない、竜。4枚羽の赤竜――は、確かに、勇者ルーカスの乗っていたとされる【赤き流星】だが」


 目を白黒させる父さんに、私は畳みかけて説明した。


「私がルーカスだったと思い出したのは、5つのとき、母さんが本でルーカスの話を聞かせてくれた時でした」


「5歳の時――」


 思い当たることがあるように、父さんは私を見つける。


「母さんは、お前にルーカスの英雄譚を読んでやってから、お前が変になってしまったと心配していた。急に難しい本を読みだし、子どもらしさがなくなり、1人で姿を消したり、部屋に籠ったり」


「心配させて申し訳なかったと思っています」


 私は頭を下げた。記憶を取り戻した当初は、両親のことまで心配りをする心の余裕がなく、心配させてしまったとは思っていた。父さんは私の肩を持つと、自身に語り掛けるように言った。


「でも、――しかし、お前は、私の息子だ」


「はい。僕は父さんの息子で、将来はこの家の執事の仕事を継ぐつもりです。しかし、今、お嬢様をお助けするために、過去の力を使わねばならぬ時だと判断し、クワトロを呼んだ次第なのです」


「お嬢様を助ける」

 

 はっとしたように父さんは私を見つめた。


「どうやって? 手だてがあるのか?」


「お嬢様も、――歴史に名前は残っておりませんが、実質的に魔王を倒した聖女――マリーネ様というお名前の聖女の生まれ変わりなのです」


「お嬢様が!? お嬢様にもお前のような記憶があるのか!?」


「いえ、お嬢様は以前の記憶を、私のように思い出しておられません。――その記憶を戻すことで、私のように前世の力を取り戻すのではないかと私は思っています。その力を使って、王太子様を治癒していただければ、お嬢様の嫌疑は晴れるかと」


「――どうして竜を呼んだのだ」


「――お嬢様のご様子を見てきてもらおうと、思ってです」


私は竜の額に自分の額をくっつけた。


「クワトロ、頼む」

 

 【盟友】の魂の契りを結んだ竜と竜騎士は、こうやって意思疎通をすることができる。

  クワトロは『わかった』と鳴くと、しゅるしゅると小さくなり、指先ほどの大きさになった。羽を畳めば、トカゲのように見える。


「クワトロは自在に大きさを変えられるのです」


 この姿になれば、お嬢様が連れて行かれた牢に忍び込むこともたやすいだろう。

 私は意識をクワトロとシンクロさせることができる。

 王宮には旦那様に付き添い何度も出入りしているので、構造は大体わかっている。

 この状態でお嬢様の様子を確認するつもりだった。

 危機的な状況であれば、なりふり構わず牢を破壊し、お連れするつもりだ。


 小さくなったクワトロは羽を広げ、窓の外へと飛んで行った。


「今からしばらく、クワトロと同調しますので、しばらく部屋に籠ります。状況がわかりましたら、旦那様にもお話をしようかと思っています」


 父さんは呆然と私を見つめて確かめるように呟いた。


「お前は、私の息子の、ジェイクだ」


「はい、父さん」と私は頷くと、父さんに微笑んだ。


「私はジェイク=ハワードであることに変わりはありません」

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