第4話 「『自分がやった』と言うんだよ」

「オーウェン様……」


 あまりのことに、私は彼の名前を呟くことしかできなかった。

 オーウェン様は、アリエッタ様の肩に手を置き、私を見つめた。

 その親し気な様子に、私は彼女の裏に彼がいたことを悟る。


「兄様の考えは僕には理解できなかった」


「何を言っているの……」


「亜人は僕らに従うべきなんだよ、エリス。魔物もどきが、僕たちと対等になろうなんてどうかしている」


「……そんな、ことで……」


 私は頭が真っ白になった。


 エルシニアの周りは亜人――魔物の特徴を持つ人々が作った小国が点在している。歴史の大部分でエルシニアはその国々を統治下に置き、亜人たちを労働力として使役していた。


 ――100年前、魔王が現れ、世界を恐怖に陥れるまでは。


 突然現れた魔王という存在は、魔物を凶暴化させ、人間や亜人、ドワーフ・エルフ、種族の見境なく襲い、殺した。


 私たちは、種族を越え団結し、魔王を倒す必要があった。


 それぞれの種族より、魔王を倒す力を持った者――勇者たちが結集し、世界は救われた。


 その結果として、亜人たちは人間による支配からの解放を求め、エルシニアも、彼らの国々の独立を認めた。


 今では私たちと彼らの関係は良好だ。特現国王様は正式に同盟を結んで、対等の立場を誓ったばかりだ。


 私の家の領地は亜人の国と接しているため、領民には亜人も多く、彼らの力を借りて、元は荒れた山を切り開いて葡萄の栽培地を広げている。


 王太子のマーティン様も、亜人との関係については国王様のように――良好な関係を保とうと、そういう考えだったはずだ。


 その考えが支持できないから――殺そうとした?


 そういうこと?


 そんなことで、自分の兄を殺そうとしたということ?


「そんなことで、マーティン様を殺そうとしたのですか?」


「『そんなこと』ではないよエリス」


 オーウェン様ははぁとため息をついた。


「僕たちがどうして獣共と同じテーブルの食事を食べなきゃいけないんだ? 国王にならなければ、国は変えられない。僕がこの国を、また昔のような、まともな人間のための国に直すんだ。僕を支持してくれる人たちはたくさんいる。サイモン公爵家もね」


 彼は、愛し気にアリエッタ様の銀色の髪を撫でた。アリエッタ様もオーウェン様の胸によりかかる。その様子は、仲睦まじい恋人同士のよう。


 ――アリエッタ様とオーウェン様がそんな間柄だなんて思いつきもしなかった。

 

いつも4人でお茶をしたり、音楽を聴いたり、お庭を散策したり、仲良く過ごしていたのに。あれは、全部嘘だったの?

 目に涙があふれてくる。

 その様子を見て、オーウェン様は笑って言う。


「僕のために、お兄様を消してくれて、ありがとう、エリス」


「私は……! 何もしていないわ! それに、マーティン様はまだ生きてらっしゃるのでしょう!」


 オーウェン様は首を横に振った。


「死ななかったのは予想外だったよ。――兄様はしぶといな。まあ、でもね――じき、死ぬよ」


 それから、私をじっと見つめる。


「ねえ、エリス、僕は君のお父様やお母様、それに可愛いディランを殺したいわけじゃないんだ」


 家族の名前を出され、私は唇を噛んだ。オーウェン様に肩を抱かれたままのアリエッタ様が囁くように言った。


「エリス、貴女がマーティン様のワインに毒を入れたのよね?」


 ――ここで、「私がやった」と言う以外の選択肢があるかしら?


 お父様、お父様、弟のディラン、いつも口うるさいジェイク、使用人たち……、私の大切な家族の顔が頭をよぎる。


 ――私だけの、犠牲で済むのならば。


「私が、やりました」


 掠れた声を振り絞った。


 二人は満足そうに微笑んだ。


「賢くて家族想いの君なら、きっとそう言うと思っていたよ、エリス」


 オーウェン様はそう呟くと、水差しとパンを牢の中へ差し入れた。


「喉が渇いて、お腹も減っただろう。食べると良い」


 私は水差しを繋がれたままの両手で掴んで、喉に水を流し込んだ。

 ――毒でも入っているかもしれないと思ったけれど、喉の渇きの方が勝った。

冷たい水がとても美味しかった。


 口元を拭って、婚約者に問う。


「――どれくらい、経ちましたか。私がここに入って」


「2日だね」


「私の家族はどうしています?」


「何も心配することはないよ。屋敷から出ないようしてもらっているだけだ」


「――家族は、どうなるんですか?」


「廃爵になって国外へ追放かな。君がやったと言ってくれて良かったよ。君のお父様は良い領主だから――、処刑なんてことになったら外聞が悪い」


「ハウゼン家の領地はサイモン家が引継ぐから安心していいのよ」


 アリエッタ様は立ち上がり、私を見下ろすと笑った。


「もともと、公爵家の領地だったものをハウゼン家に譲ったのだから、『返してもらう』と言ったほうが正しいかしら」


「明日、お父様の前に出てもらう。そこで『自分がやった』と言うんだよ」


 そう言い残して、二人は去って行った。


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