第19話:二人の天才の決着
中央大陸のジャングル。
ガルシアの犠牲によってもたらされた、ほんのわずかな時間。
タカシは、その時間を無駄にはしなかった。
彼は、思考の剣――指向性ジャマーを、さらに研ぎ澄ませていた。
それはもはや、単に敵の通信網に穴を開けるだけの技術ではない。
彼は、ジャミングの波形そのものを自在に操り、敵の思考制御システムに、偽の命令を送り込むという、神をも恐れぬ領域にまで足を踏み入れていたのだ。
「聞こえるか、S.Y。お前のチェスは、もう詰んでいる」
タカシは、S.Yが張り巡らせたテレパシーネットワークの網を逆流し、彼のコントロールセンターへと、直接思考のメッセージを送り込んだ。
そして、罠を仕掛けた。
S.Yのモニター上では、アイアンゴリラ隊が混乱し、後退しているように見せかけた偽の戦況情報を流し、彼を誘い出したのだ。
S.Yは、その罠に、まんまと嵌った。
彼は、自らの勝利を確信し、ニケの主力部隊を、タカシたちが立てこもる古代遺跡「太陽の祭壇」へと、一点集中させた。
その瞬間こそ、タカシが待ち望んでいた時だった。
「全機、プラズマキャノン、最大出力!目標、前方の谷、一点!」
タカシの号令一下、生き残った全てのアイアンゴリラが、そしてタカシ自身のPSSが、蓄えた全エネルギーを、一点へと解き放った。
凄まじいプラズマの奔流が、狭い谷間に密集していたニケの軍団を、まとめて飲み込む。
岩盤が溶解し、ジャングルの木々が蒸発し、谷全体が、灼熱の地獄と化した。
機械の軍団は、その知性を誇る間もなく、ただの溶けた鉄塊へと変わっていった。
タカシは、ついにS.Yのコントロールセンターへと到達した。
だが、巨大な地下ドームの中に、S.Yの姿はなかった。
そこにあったのは、無数のサーバーラックと、最後の抵抗を試みる、巨大な自動報復システム(オートメイテッド・ディフェンスシステム)だけだった。
『君の負けだよ、ミヤザワ大尉』
ドームのメインモニターに、S.Yの、涼しげな、しかしどこか疲れたような顔が映し出された。
『君が、私の思考を読むほどの男だとは、正直、嬉しい誤算だった。だが、君が相手をしていたのは、しょせん、私の影武者に過ぎない。私は、このニケのシステムの完全なコントロール権限を、数時間前に、シュタイナー博士に譲渡した。今頃、首都アヴァロンは、新しい秩序の元に、静かに生まれ変わっていることだろう。君の戦いは、英雄的だったが、無意味だったのだよ』
全ては、繋がっていた。
S.Yのゲリラ戦は、陽動だったのだ。
惑星連合軍の主力を、特にタカシのような切り札となりうる存在を、首都から引き離し、その間に、シュタイナーが駆るデビルスが、無防備な首都を制圧する。
壮大で、そして悪辣な、二人の天才による共同作戦だった。
「ふざけるな…!」
タカシは、PSSに残された最後のエネルギーを、振り絞るようにプラズマキャノンに注ぎ込み、自動報復システムを、その巨大なモニターごと破壊した。
轟音と共に、S.Yの顔が消え去る。
だが、タカシの機体もまた、完全に活動を停止した。
彼の心に残ったのは、勝利の味ではなく、ただ、深い虚無感と、友軍を見殺しにしてしまったという、重い罪悪感だけだった。
同じ頃、首都アヴァロンでの戦いもまた、最終的な、そして悲劇的な決着の時を迎えようとしていた。
アンナが駆るスペシャル・マーク2は、デビルスの猛攻の前に、もはや満身創痍だった。
左腕は吹き飛び、右脚の関節は破壊され、機体の至る所から、火花と冷却材が漏れ出している。
モニターには、無数の警告表示が、死の宣告のように点滅していた。
もはや、これまでか。
アンナの意識が、遠のきかけた、その時だった。
彼女は、最後の賭けに出た。
それは、ペンフィールド博士が、絶対に使うなと固く禁じていた、最後のコマンド。
ブラックボックスの、安全装置(セーフティリミッター)を、自らの意志で、完全に解除することだった。
それは、人間の精神を、PSのシステムと、100パーセント直結させることを意味する。
機体の性能は、理論上の限界値を遥かに超えて引き出されるが、その代償として、パイロットの精神は、システムの莫大な情報量に耐えきれず、暴走し、崩壊する危険性を孕んでいた。
「博士…いえ、お父さん…あなたの作ったこの力で、あなたの過ちを、私が終わらせます…!」
アンナは、涙を流しながら、その禁断のコマンドを実行した。
次の瞬間、スペシャル・マーク2の機体から、凄まじいエネルギーのオーラが、光の翼となって溢れ出した。
アンナの意識は、もはや人間のものではなかった。
彼女は、PSそのものと化していた。
機体の痛みは彼女の痛みとなり、彼女の怒りは、プラズマの炎となった。
光の翼を広げたスペシャル・マーク2は、流星となって、デビルスへと、最後の突撃を敢行した。
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