第18話:父の影

「やはり、あなただったのですね…ハンス・シュタイナー博士」



デビルスの、人間業とは思えぬ精密な回避運動の中に、アンナは、ついに確信を得た。


それは、かつてペンフィールド博士の右腕として、テレパシー技術とサイコメトリー研究の分野で双璧をなした天才、ハンス・シュタイナー博士の、独特の思考パターン、戦闘の「癖」だった。

彼は、かつてシミュレーションにおいて、相手の思考の先を読むかのような、予知にも似た動きを見せた。

今、目の前のデビルスの動きは、まさにそれだった。



ハンス・シュタイナー。



彼は、ブラックボックス開発の、もう一人の中心人物だった。


しかし、彼は、その技術が持つあまりの危険性と、軍事利用へと傾倒していくペンフィールド博士の方針に強く反発し、数年前にプロジェクトを袂を分かつ形で去ったはずだった。


彼は、平和を愛する、温厚な理想主義者だと、アンナは信じていた。


その彼が、なぜ、今、悪魔のパイロットとして、彼女の前に立ちはだかっているのか。


『アンナ君か。やはり、君が出てくるとはな。アーサーの、最高傑作だ。そして、君が、父の遺産を正しく使いこなし、私と対等に渡り合っていることに、驚きと、そして一抹の喜びを感じているよ』


デビルスから、思考通信によるメッセージが、直接アンナの脳に送り込まれてきた。

その声は、アンナの記憶にある、かつての温厚なシュタイナー博士のものではない。

氷のように冷たく、そして、神の視点から人間を見下すかのような、深い狂信に満ちていた。



「父…?あなたが、博士の何を…?」アンナは混乱した。


『言葉通りの意味だ。アーサー・ペンフィールドは、私の父だ。そして、おそらく君も、いや、アーサー自身ですら、その最期まで気づいていなかっただろうがね。ハンス・シュタイナーもまた、私なのだよ』



シュタイナーの言葉は、衝撃の事実を告げていた。



それは、惑星連合の最高機密の中でも、ごく一部の人間しか知らない、禁断の真実だった。


かつて、若き日のアーサー・ペンフィールドは、自らの研究を加速させるため、そして孤独な研究生活のパートナーを渇望するあまり、禁忌とされていた技術に手を出した。


自らの遺伝子から、完璧なクローンを生成したのだ。


そして、そのクローンに、ハンス・シュタイナーという別人格と、独立した記憶を与え、自らの双子の弟として、そして研究のパートナーとして育て上げた。



二人の天才は、元は一人の人間だったのだ。



アーサーが物理学と工学の天才であったのに対し、ハンスは精神科学と情報理論の天才として、互いの才能を補い合い、数々の偉業を成し遂げてきた。

PSSも、ブラックボックスも、元はと言えば、この二人の天才の共同作業によって生み出されたものだった。


だが、ある時点から、二つの人格の間に、修復不可能な亀裂が生じ始めた。

PSという、あまりにも強力な兵器を生み出してしまったことをきっかけに。


その力を、人類の進化と秩序のために、積極的に利用すべきだと考える現実主義者のアーサーと、その力はいずれ人類を破滅に導くと警告し、全ての軍事利用に反対する理想主義者のハンス。


その対立が、この悲劇の、全ての始まりだったのだ。


『私は、アーサーの、そして人類の過ちを、ここで正す。このデビルスの絶対的な力によって、全ての争いを、全ての愚かな感情を、この宇宙から消し去るのだ。それこそが、我々を生み出した、宇宙の意志なのだから』


シュタイナーが駆るデビルスの攻撃が、さらに激しさを増した。

その瞳に宿るのは、もはや人間の感情ではない。


自らを、人類を裁くために遣わされた、神の代行者であると信じて疑わない、絶対的な狂気の色だった。

アンナは、自らが、単なる兵器の奪還やテロリストとの戦いに身を投じているのではないことを、今、はっきりと理解した。


これは、創造主である「父」の思想を巡る、二人の「息子」による、代理戦争なのだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る