第17話:失われた技術

「博士…なぜです…なぜ、ブラックボックスの完全な設計図を、この世に残してくださらなかったのですか…!」



デビルスの、嵐のような猛攻を、紙一重で凌ぎながら、アンナは、心の中で、今は亡き師に問いかけていた。

彼女の操るスペシャル・マーク2は、確かに善戦していた。


だが、それはあくまで、防御に徹しているからこそ成り立っている、脆い均衡だった。

反撃に転じようとすれば、たちまちデビルスの圧倒的なパワーの前に押し潰されるだろう。

この状況を覆すには、機体の性能を、リミッターを越えて引き出すしかない。



だが、それをすれば、何が起こるか。



ペンフィールド博士は、天才であると同時に、極めて慎重な男だった。

彼は、自らが作り出したブラックボックスという技術が、人間の精神に何をもたらすかを、そして、それが悪用された場合に、どれほどの悲劇を生むかを、誰よりも深く理解していた。

それ故に、彼は、その完全な技術、すなわち、ブラックボックスをゼロから再製造するための設計図を、誰にも引き継がずに、この世を去ったのだ。



それは、人類の未来を想っての、彼の最後の良心だったのかもしれない。

だが、その結果として、今、アンナたちは、この世に数個しか存在しない、あまりにも貴重で、そして代替の効かない遺産を使って、この絶望的な戦いを強いられている。



それは、PSSというシステムの、そしてペンフィールド博士が築き上げた技術体系の、最大の弱点でもあった。

この機体が失われれば、惑星連合は、二度と同じ力を手にすることはできない。

それは、戦略的な切り札を、永遠に失うことを意味していた。


そして、デビルスを操る謎のパイロットもまた、その事実を、完全に理解しているようだった。


彼の攻撃は、常にスペシャル・マーク2の心臓部、すなわち、頭部ユニットに搭載されたブラックボックスを、巧妙に避けて行われていた。


腕を破壊し、脚を破壊し、行動の自由を奪おうとはするが、決してコクピット周辺に、致命的な一撃を加えようとはしない。


相手もまた、この貴重な技術を、破壊するのではなく、鹵獲(ろかく)しようとしているのだ。



その冷徹で計算高い戦い方に、アンナの脳裏に、ある一つの、信じたくない疑惑が浮かび上がってきた。



かつて、初代PSSが盗まれた、あの運命の夜。

ペンフィールド博士の研究室を、最後に訪れた人物。

それは、博士が、自らの片腕として、最も信頼していた、かつての同僚であり、そして親友でもあった、あの男の顔だった。



「まさか…そんなはずは…」

アンナは、思考を振り払おうとした。



だが、デビルスの、あまりにもクレバーで、そして無慈悲な動きの中に、彼女は、かつてシミュレーターで何度も見た、彼の戦闘スタイルとの、不気味な類似性を見出さずにはいられなかった。


その男は、PS開発において、ペンフィールド博士と双璧をなす、もう一人の天才だったのだから。

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