第16話:悪魔と悪魔

首都アヴァロンは、今や一つの巨大な祭壇と化していた。


漆黒の悪魔「デビルス」の降臨を祝い、無数のPSEの残骸が、供物として捧げられている。



一方的な蹂躙、絶対的な力の誇示。

首都防衛軍の組織的抵抗は、もはや完全に沈黙していた。



デビルスは、その眼下に広がる人類の無力さを嘲笑うかのように、悠然と、水素パレットの巨大貯蔵庫へとその高度を下げていく。

惑星連合の敗北が、そして人類の黄昏が、確定しようとしていた、その時だった。



デビルスの前に、もう一体の異形の影が、地上から猛然と立ち塞がった。



その機体を見た者は、誰もが既視感を覚えたに違いない。


その胴体部分は、かつてタカシが辛うじて打ち破った、PSS「リミテッド」のものだった。

しかし、その肩から上は、行方不明となっていたPSS「スペシャル」の頭部ユニットが、まるでフランケンシュタインの怪物のように、無骨なケーブルや固定具で接続されていた。


二つの機体のパーツを組み合わせた、急造のキメラ。

その名は、「スペシャル・マーク2」。


そして、その間に合わせの悪魔に搭乗し、本物の悪魔に挑もうとしているパイロットの正体を知った時、司令部の誰もが、信じられないという表情で目を見開いた。



「アンナ…なぜ君がそこにいるんだ!」



ペンフィールド博士の元で、PSSの開発に中心メンバーとして関わっていた、若き女性技術者、アンナ・リンドバーグ。



彼女が、そこにいた。



「博士の遺産を…父の夢を、あなたのような狂信者に好きにはさせません…!」


スペシャル・マーク2の外部スピーカーから、凛とした、しかし怒りに震える彼女の声が響き渡った。



アンナは、本来パイロットではない。

彼女は、PSの操縦桿を握ったことすらなかった。


だが、彼女は、誰よりもPSSというシステムの構造を、その限界と可能性を、理論的に熟知していた。

そして何よりも、彼女の脳は、ペンフィールド博士が「奇跡」と呼んだほど、ブラックボックスとの驚異的な同調率を示していたのだ。



デビルスの盗難と首都への襲撃を知った彼女は、いてもたってもいられず、行動を起こした。

保管されていたリミテッドの残骸とスペシャルの頭部を、自らの手で、そして数名の信頼できる技術者仲間と共に、半ば強引にドッキングさせた。


それは、正規の軍隊では到底許可されることのない、狂気の沙汰だった。

だが、彼女には、やらねばならない理由があった。

ペンフィールド博士は、彼女にとって師であり、そして父親のような存在だったからだ。



デビルス対スペシャル・マーク2。



盗まれた二つのPSSが、創造主の弟子と、その宿敵の手によって、思わぬ形で再会し、首都の上空で、宿命の死闘を開始した。



機体の基本性能では、デビルスが圧倒的に上だった。

エネルギー自給システムによる無尽蔵のパワー、マッハバリアによる鉄壁の防御。

まともにぶつかれば、スペシャル・マーク2に勝ち目はない。



だが、アンナは、天才だった。

彼女は、まともにぶつかるつもりなど、毛頭なかった。

彼女は、パイロットとしての戦闘経験の不足を、技術者としての完璧な知識と、ブラックボックスとの驚異的な同調率で補った。



デビルスがプラズマキャノンを放てば、アンナは、その発射シーケンスのコンマ数秒前のエネルギーチャージのパターンを読み取り、最小限の動きで回避する。


デビルスがジェットパンチで殴りかかれば、彼女は、機体の駆動系に意図的にタイムラグを生じさせるフェイントをかけ、その豪腕を空振りさせる。

彼女の戦い方は、まるで、猛牛をあしらう熟練のマタドールのようだった。

PSSというシステムの特性を知り尽くした、緻密で、技巧的な戦い方。



二体の悪魔が、アヴァロンの摩天楼を背景に、激しく火花を散らす。

一方は、圧倒的な力で全てをねじ伏せようとする「剛」の悪魔。


もう一方は、全ての攻撃を受け流し、一瞬の隙を突こうとする「柔」の悪魔。

それは、PSの戦闘史において、誰も見たことのない、異次元の決闘だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る