第14話:二つの戦場
「司令部より全軍へ緊急通達!首都アヴァロン上空に、コード・デビル出現!現在、首都防衛軍が交戦中なるも、戦況は絶望的!繰り返す、戦況は絶望的!」
中央大陸のジャングルで、ニケとの死闘を続けていたタカシたちの部隊にも、その絶望的な知らせは、ノイズ混じりの電子音声となって届いた。
CICのホロスクリーンに、首都の惨状が映し出される。
マッハバリアを纏い、悠然と空に浮かぶデビルスの姿と、その圧倒的な力の前に、次々と撃ち落とされていく友軍機、PSEの姿が。
二つの戦場。
惑星連合は今、二つの、全く異なる性質の、しかしどちらも致命的な脅威に、同時に直面していた。
片や、天才科学者が率いる、知能を持った機械の軍団。
片や、正体不明のパイロットが操る、不滅の悪魔。
どちらか一方でも敗北すれば、惑星連合の未来はない。
完全に、詰みの状態だった。
「どうする、タカシ…。我々は、首都に戻るべきなのか…?」
思考通信を通して送られてきたガルシアの問いには、歴戦の勇士らしからぬ、弱々しい響きが混じっていた。
彼の部隊もまた、限界だった。
絶え間なく動き続けなければならないという、極度の緊張が、パイロットたちの集中力を奪い、疲労はピークに達していた。
タカシの脳裏で、二つの選択肢が激しく火花を散らした。
首都に戻るか?だが、満身創痍のこの部隊で、あのデビルスに何ができる?おそらくは、首都防衛軍の二の舞になるだけだろう。
では、この場に残るか?だが、首都が陥落すれば、S.Yを叩いたところで、もはや何の意味もない。
どちらを選んでも、待っているのは破滅。
究極の選択。
だが、タカシに迷いはなかった。
彼の瞳には、絶望ではなく、鋼のような冷徹な決意が宿っていた。
「作戦を続行する」
彼の、静かだが、断固とした声が響いた。
「ここでS.Yの息の根を止めなければ、たとえ奇跡が起きてデビルスを退けられたとしても、いずれ同じことの繰り返しだ。この腐った根を、元から断ち切る。我々の任務は、それだ」
彼の判断は、常人には理解しがたい、非情なものだったかもしれない。
首都を見殺しにするのか、と。
だが、タカシは、この一連の事件の背後に、一つの巨大な意志、壮大な悪意が存在することを感じ取っていた。
S.Y、そしてデビルスを操る者。
彼らは、繋がっている。
そして、全ての元凶は、このジャングルの奥にいる、S.Yなのだ、と。
彼を排除しない限り、本当の勝利はない。
タカシの決意は、疲弊しきっていた部隊に、最後の闘志を灯した。
そうだ、俺たちには、まだやるべきことがある。
ここで死ぬわけにはいかない。
「了解した、大尉。あんたの判断を信じよう。どうやら、俺たちの死に場所は、首都じゃなく、このクソったれなジャングルになりそうだな」
ガルシアは、そう言うと、豪快に笑った。
その笑いは、部隊の他のパイロットたちにも伝播した。
タカシは、再びニケの動きに意識を集中させた。
パターンは読んだ。
だが、それをどう攻撃に繋げるか。
防御的な回避行動を続けるだけでは、いずれジリ貧になる。
攻撃に転じなければならない。
だが、どうやって?ジャミングを解けば、再び奴らはリアルタイムの怪物と化す。
ジャミングを続ければ、こちらは攻撃の糸口すら掴めない。
袋小路。
完全な手詰まり。
その時、タカシの脳裏に、今は亡きペンフィールド博士の、かつての言葉が、雷鳴のように蘇った。
『ブラックボックスは、単なる思考制御装置ではない。それは、人の精神の可能性を、物理世界において拡張するための、触媒なのだ。常識に囚われてはいけない、タカシ君。君の思考こそが、PSの限界を決めるのだよ』
可能性の拡張…?常識に囚われるな…?
タカシは、ハッとした。
彼は、PSSのシステムログを、これまでアクセスしたことのない、深層の領域まで、猛烈な速度でスキャンし始めた。
そして、ある一つの、理論上は可能だが、人間の脳には実行不可能とされていた、禁断のコマンドに行き着いた。
テレパシス・ジャマーの、指向性制御。
ジャマーの攪乱波を、全方位に放射するのではなく、レーザーのように、極めて狭い範囲、特定の方向にだけ、収束させて撃ち出すことはできないか。
もしそれができれば、敵のテレパシー網に、ピンポイントで「穴」を開けることができる。
その穴の中だけは、ニケは再び遠隔操作を受けることができるようになるだろう。
だが、S.Yがその異常な通信ホールに気づき、対応するまでには、コンマ数秒のタイムラグが生じるはずだ。
その一瞬こそが、唯一にして最大の勝機となる。
「やるしかない…!」
タカシは、自らの全精神を、PSSのシステムという名の宇宙に、完全にダイブさせた。
それは、人類の未来を懸けた、あまりにも無謀な、最後の賭けだった。
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