第13話:最強の敵、再来
タカシたちが中央大陸の緑の地獄で、見えない敵との知恵比べという死闘を繰り広げている、まさにその頃。
惑星連合の首都アヴァロンの、静謐な成層圏に、一つの凶星が音もなく姿を現した。
それは、いかなるレーダー網にも捉えられず、まるで宇宙の闇そのものが凝って形を成したかのように、地上へと降下を開始した。
その機体を見た者は、誰もが言葉を失い、悪魔という存在を本能的に理解しただろう。
流麗でありながら、見る者を威圧する禍々しいシルエット。
全身を覆う装甲は、深淵のような漆黒でありながら、光の当たる角度によって、血のような深紅の紋様を浮かび上がらせる。
それは、盗まれた二機のPSSのうち、最強にして最悪の存在、「スペシャル・デビルス」。
その、悪魔の名を冠するにふさわしい、絶望の顕現だった。
事件は、首都の厳重な警備網を嘲笑うかのように、静かに、そして迅速に行われた。
惑星連合の最高機密レベルの保管庫。
そこに、厳重に封印されていたはずの、「デビルス」の機体パーツが、一夜にして忽然と消え失せていたのだ。
「リミテッド」の盗難事件以来、警備体制は数倍に強化されていたにもかかわらず、犯人は完璧な手口で、まるで煙のように侵入し、そして去っていった。
残されていたのは、空になった格納ケージと、監視システムの記録に残された、数秒間の意味不明なノイズだけだった。
「リミテッド」を操っていた謎の組織か、それとも、今まさにタカシたちを追い詰めているS.Yか。
あるいは、その両者が手を組んだのか。
どちらにせよ、それは惑星連合にとって、悪夢のシナリオが現実となったことを意味していた。
「デビルス」は、単なる高性能なPSではない。
その性能は、タカシが辛うじて倒した「リミテッド」を遥かに凌ぎ、「スペシャル」の実に3倍以上とされている。
さらに、この悪魔は、二つの究極的な能力を備えていた。
一つは、外部からのエネルギー補給を一切必要としない、半永久的な「エネルギー自給システム」。
これにより、デビルスは理論上、無限に活動し続けることができる。
そしてもう一つは、機体全身をマッハ流の強力なエネルギーフィールドで覆う、「マッハバリア」。
これは、並の攻撃ならば、プラズマ兵器であろうと実体弾であろうと、そのエネルギーに触れることすら許さず、完全に無効化してしまう、絶対的な防御壁だった。
無限の活動時間と、鉄壁の防御力。
それはもはや、兵器というカテゴリーを超越し、一つの完結した災害、あるいは神話における不死の怪物に近い存在だった。
そして、その悪魔は、最も恐れられていた場所、すなわち、全てのPSの生命線である、超高純度水素パレットの巨大貯蔵基地の上空に出現した。
その目的は、火を見るより明らかだった。
惑星連合軍の兵站を、根元から断ち切る。
それによって、全てのPSを、動けない鉄の塊へと変える。
あまりにも狡猾で、そして効果的な戦略だった。
「所属不明機、コード・デビルと断定!全基地、第一級戦闘配置!これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!」
基地の防衛にあたっていた、二個大隊規模のPSE部隊が、警報を受けて緊急発進する。
彼らは首都防衛軍の精鋭であり、その士気も練度も極めて高い。
彼らは、果敢に、そして勇敢に、空に浮かぶ漆黒の悪魔へと挑みかかっていった。
だが、その戦いは、戦いですらなかった。
一方的な、蹂躙だった。
PSE部隊から放たれる無数のミサイルやプラズマ弾は、デビルスに到達する以前に、その周囲に展開されたマッハバリアに触れて、何の物理的影響も与えることなく消滅していく。
まるで、静かな水面に投じられた小石が、波紋すら立てずに吸い込まれていくかのように。
精鋭パイロットたちは、その信じがたい光景に呆然としながらも、必死に接近戦を試みる。
だが、デビルスは、まるで彼らの存在など意に介さないかのように、悠然と、そして冷徹に、その鉄槌を振り下ろした。
長大なプラズマキャノン砲から放たれる一閃が、数機のPSEをまとめて貫き、灼熱の火球へと変える。
ジェットパンチの一撃が、回避しようとしたPSEの装甲を、まるで粘土のようにひしゃげさせ、叩き落とす。
首都防衛軍は、絶望的な抵抗を続けていた。
後続の部隊が次々と駆けつけるが、それはまるで、燃え盛る炎の中に、自ら薪をくべるような行為でしかなかった。
パイロットたちの悲鳴と絶叫が、通信回線を満たしていく。
彼らの誰もが、心の底で理解していた。
この悪魔を止められる存在は、もはやこの宇宙のどこにもいないということを。
アヴァロンの空が、絶望の黒と、爆炎の赤に染まっていく。
人類の黄昏が、静かに始まろうとしていた。
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