第15話:思考の剣
タカシの意識は、肉体という名の殻を抜け出し、光の粒子となって、PSSの神経回路網を駆け巡った。
それは、常人ならば一瞬で自我が崩壊するほどの、圧倒的な情報量の洪水。
だが、ブラックボックスに守られ、増幅された彼の精神は、その奔流に乗り、システムのさらに深奥、制御プロトコルの根源へと到達した。
そこは、人間の「思考」という曖昧なものが、「物理現象」という確定した結果へと変換される、神の領域にも似た場所だった。
彼は、テレパシス・ジャマーの制御プロトコルを、まるで生き物の背骨を掴むように、その意志の力で掴み取った。
そして、力ずくで、その構造をねじ曲げ始めたのだ。
「ぐ…う、うおおおおっ!」
タカシの肉体から、悲鳴にならない声が漏れた。
凄まじい精神的フィードバックが、彼の脳を直接焼き付けようとする。
眼球の奥で、無数の血管が破裂するような激痛。
全身の神経が、一本一本引きちぎられるような感覚。
だが、彼は歯を食いしばり、意識の綱を、決して手放さなかった。
首都で戦う仲間たちの顔、ガルシアたち部隊員の顔、そして、ペンフィールド博士の最後の顔が、彼の脳裏を駆け巡り、その精神を支えていた。
そして、ついに彼は、成し遂げたのだ。
全方位へと無差別に広がっていたテレパシス・ジャマーの波を、一本の、目に見えない光の槍のように、極限まで収束させることに成功した。
それは、まさに彼の「思考」そのものが、物理的な剣となった瞬間だった。
「ガルシア!聞こえるか!10秒後、貴様の正面にいるニケ3機に、ジャミングホールを開ける!その一瞬を逃すな!突っ込め!」
タカシの、念話とも呼べる思考の刃が、敵のテレパシーネットワークに、直径わずか数メートルの「穴」を、正確に穿った。
その穴の中だけは、沈黙の支配が解かれ、S.Yからのコントロール信号が、再びニケへと届くことになる。
だが、S.Yが、自らのネットワークに生じたその不自然な通信ホールに気づき、その中のニケに新たな命令を与えるまでには、コンマ数秒の、しかし決定的なタイムラグが生じるはずだ。
その一瞬の混乱こそが、タカシが作り出した、唯一の勝機だった。
「了解した!大尉、あんたこそ、死ぬなよ!」
ガルシアのアイアンゴリラが、タカシの言葉と寸分違わず、指定されたポイントへと突っ込む。
その瞬間、彼の目の前にいた3機のニケの動きが、ほんのわずかに、しかし明らかに乱れた。
ある機体は、突然の命令受信に戸惑うように動きを止め、ある機体は、矛盾した命令を受けたかのように、不自然な痙攣を始めた。
ガルシアは、その千載一遇の好機を逃さなかった。
歴戦の勇士の勘が、身体を思考よりも速く動かす。
「もらったぁっ!」
高周波ソードが、雷光となって閃いた。
3つの、機械の頭部が、立て続けに宙を舞う。
それは、絶望的な戦況を覆す、会心の一撃だった。
「やったか!」部隊の誰もが、歓喜の声を上げようとした。
だが、彼らの本当の敵である、S.Yもまた、常軌を逸した天才だった。
彼は、自らのネットワークに生じた異常を、コンマ1秒もかからずに検知し、その意味を理解し、そして、即座に、最も効果的で、最も残忍な対抗策を実行した。
ジャミングホールに誘い込まれ、一時的に混乱した3機のニケに、彼は、ただ一つの命令を、思考の速度で送り込んだのだ。
――自爆せよ。
「何!?」
ガルシアが、勝利を確信した、まさにその直後だった。
彼が頭部を切り離したはずの3機のニケが、まばゆい光を放ち始めた。
至近距離での、三つの原子炉の、同時暴走。
「タカシーーっ!」
ガルシアの絶叫を最後に、彼の機体は、純白の光と、灼熱の爆風に飲み込まれた。
思考の剣は、確かに敵を貫いた。
だが、その敵は、自らの命と引き換えに、こちらの勇者を道連れにしたのだ。
戦いは、さらに泥沼の様相を呈し始めていた。
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