第6話:新たな脅威「ニケ」

タカシが駆るPSS「スペシャル」が、「リミテッド」との決戦の地へと向かっている頃、惑星連合の中枢では、もう一つの、全く性質の異なる脅威に対する分析が急ピッチで進められていた。



その脅威の名は、「ニケ」。



それは、かつて惑星連合と覇を競った旧ロシア連邦の系譜を継ぐ、ユーラシア連合の天才科学者、セルゲイ・ヤコブレフ、通称S.Yが開発した、多目的集団戦闘ロボットシステムだった。


PSが、あくまで人間が搭乗することを前提とした「戦闘強化服」であるのに対し、「ニケ」は、内部にパイロットが存在しない、完全な自律型ロボット兵器であるという点で、根本的に異なっていた。


その最大の特徴は、遠隔コントロールに「テレパシー」を応用した、量子通信システムを採用している点にあった。


通常の電波やレーザー通信と異なり、このシステムは、いかなる電磁的ジャミングの影響も受けない。

さらに、通信にアンテナのような物理的な送受信機を必要としないため、コントロールセンターの発見は極めて困難だった。

小型の装甲トラック程度のスペースがあれば、どこにでも司令部を設置できるのだ。



そして、その性能は驚異的だった。



一体あたりのパワーは、成人男性の100倍。

反応速度に至っては、常人の10倍。

人間が搭乗していないため、G(重力加速度)によるパイロットへの負荷を一切考慮する必要がなく、その機動は物理法則の許す限り、三次元的に、そして人間には到底予測不可能な動きを見せる。


それが、5機×5隊の合計25機で一個小隊を形成し、高度にプログラミングされた戦闘AIの指揮の元、完璧に統率の取れた集団として襲いかかってくるのだ。

特に、障害物の多い市街地やジャングルのような環境でのゲリラ戦闘において、それはPSにとって悪夢のような敵となり得た。


PSパイロットが、人間の限界という見えない枷に縛られているのに対し、ニケは純粋な戦闘機械として、その性能を余すところなく発揮できるからだ。


この「ニケ」の情報は、数ヶ月前からユーラシア連合内部の諜報活動によって、断片的に惑星連合にもたらされていた。

当初は、多くの新型兵器開発計画の一つとして、その脅威度は比較的低く見積もられていた。

PSの圧倒的な火力の前には、小型のロボットなど物の数ではない、と。



だが、その評価は、ある事件をきっかけに、180度覆されることになる。



「ニケ」を開発した天才科学者S.Yが、完成したシステムと、開発チームの主要メンバーごと、ユーラシア連合から姿を消したのだ。

彼は、自らが作り上げた最強のロボット兵団を率いて、テロリスト集団へと鞍替えしたのか、あるいはどこかの紛争地域で傭兵として活動を始めたのか。



その目的は一切不明だった。



確かなことは、制御不能となった、極めて危険なロボットの群れが、野に放たれたという事実だけだった。


惑星連合の情報部は、S.Yの行方を追うと同時に、「ニケ」と「リミテッド」を操る謎の組織との関連性を探っていた。


あまりにもタイミングが良すぎる二つの事件。

無関係と考える方が不自然だった。

もし、二つの脅威が手を結んでいるとしたら…?それは、惑星連合にとって、まさに悪夢のシナリオだった。



PSという「神」に対抗するために生まれた「悪魔」PSS。


そして、そのどちらとも異なる、機械仕掛けの「偶像」ニケ。


世界は、三つ巴の新たな闘争の時代へと、否応なく突き進もうとしていた。




タカシの戦いが、個人の贖罪のための戦いであると同時に、人類全体の未来を占う、大きな戦いの一部であることを、運命は静かに示していた。

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