第5話:クジラの中から来た救世主

「リミテッド」の出現は、惑星連合軍の戦術体系に深刻な動揺をもたらした。


これまで絶対的な優位を保ってきたPS部隊が、赤子のようにあしらわれる。

その事実は、兵士たちの士気を著しく低下させた。

いつ、どこに、あの悪魔が現れるか分からない。

その恐怖が、疫病のように前線へと広がっていった。


司令部は、PSE部隊に対し、単独での行動を禁じ、複数部隊での集団運用を徹底させるなど、防御的な戦術への転換を余儀なくされる。

それは、PSの最大の利点である機動性と奇襲能力を、自ら封じるに等しい選択だった。



じりじりと、しかし確実に、PS部隊は追い詰められていった。



補給路が断たれ、孤立した基地が「リミテッド」の襲撃を受け、陥落する。

その戦い方は冷酷かつ計算され尽くしており、常に連合軍の最も脆弱な部分を的確に突いてきた。

まるで、連合軍の内部事情に精通しているかのような、的確な攻撃だった。





絶望が戦場を支配しかけた、その時だった。

司令部に、誰もが耳を疑うような、信じがたい報告が舞い込んだのだ。




報告の発信源は、惑星ノア。


銀河の外縁部に位置する、大半が海に覆われた海洋惑星である。

その沿岸に、体長数キロにも及ぶ巨大な恒星間クジラが打ち上げられた。

通常であれば、地方ニュースの片隅を飾る程度の出来事だ。


だが、問題は、そのクジラの解体作業中に、体内から発見されたものにあった。




――PSS「スペシャル」。




かつてタカシが搭乗し、謎の敵との戦闘の末に海中へと没した、あの幻の機体だった。

戦闘で受けた損傷により航行不能となった機体が、偶然にも深海を回遊する恒星間クジラに飲み込まれ、そしてそのクジラが寿命を迎えて岸辺に打ち上げられた。

それは、天文学的な確率でしか起こりえない、まさに奇跡としか言いようのない生還だった。



機体は、すぐさま厳重な警戒態勢の下、首都アヴァロンへと移送された。



ペンフィールド博士と彼のチームが、昼夜を問わず修復と解析にあたった。

幸いなことに、中枢部である「ブラックボックス」は、クジラの体液に守られてほぼ無傷だった。

機体の損傷も、数週間の修復作業で、再び戦線に復帰できるレベルにあることが判明した。



希望の光が見えた。



だが、問題はパイロットだった。

PSS「スペシャル」は、そのあまりにピーキーな性能故、並のパイロットでは乗りこなせない。

ブラックボックスとの同調率が、操縦者の精神状態に大きく左右されるのだ。

前回の戦闘で、タカシでさえ、極度の緊張からシステムの不調をきたしたほどである。



志願者は、いなかった。



誰もが、「リミテッド」という悪魔と一対一で対峙することに恐怖した。

死の任務であることは、火を見るより明らかだったからだ。


重苦しい沈黙が続く作戦会議室で、静かに立ち上がった者がいた。

タカシ・ミヤザワ大尉だった。

彼の顔には、迷いの色はなかった。



「私に行かせてください。あの機体は、一度私を選んだ。そして、今また、私の元へ還ってきた。これは、運命でしょう」



彼の右手の義手が、かすかに音を立てる。

彼は初代PSのエースであり、その操縦技術は軍内部で伝説となっていた。

だが、彼とて生身の人間だ。


相手は、「スペシャル」の1.5倍の性能を誇る「リミテッド」。

さらに、敵が独自に手に入れたと思われる特製の「ブラックボックス」は、公称値以上の性能を引き出している可能性が高い。

無謀な賭けであることは、タカシ自身が誰よりも理解していた。



「これは、私が終わらせなければならない戦いだ」

彼の言葉に、誰も反論できなかった。


それは、かつてPSという力の象徴であった男が、その力が生み出した歪みを正すための、贖罪の戦いでもあった。


数週間後、修復を終えたPSS「スペシャル」は、オプション装備である対通常兵器迎撃用の追加装甲「PA(パーフェクト・アーマード)」を全身にまとい、再び宇宙へと飛び立った。


その姿は、かつての流麗なものとは異なり、重厚な騎士を思わせた。

ただ一騎、悪魔を討つためだけに出撃する、孤独な救世主。




その肩に、惑星連合の全ての希望が託されていた。

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