第4話:鋼鉄の悪魔、覚醒
惑星連合の静脈ともいえる星間航路網は、かつてない緊張に包まれていた。
盗まれた二機のPSS、「リミテッド」と「デビルス」。
その行方は依然として杳として知れず、まるで宇宙の闇に溶けてしまったかのようだった。
情報部はあらゆる手段を尽くして捜索にあたったが、得られるのは断片的な噂と不確かな目撃情報ばかり。
犯人グループは、惑星連合の軍事ネットワークや監視システムを完全に熟知しているかのごとく、巧みにその痕跡を消し去っていた。
ペンフィールド博士の研究所、そして彼自身は、事実上の軟禁状態に置かれた。
それは保護であると同時に、内部協力者としての嫌疑が晴れていないことの証でもあった。
博士は、独房にも似た研究室で、眠れぬ夜を過ごしていた。
彼の脳裏を支配するのは、犯人への怒りよりも、むしろ一つの疑問だった。
「ブラックボックス」という魂を抜き取られたPSSは、いわば抜け殻に等しい。
確かに機体性能そのものは脅威だが、その真価である超人的な反応速度と直感的操作性は発揮できないはずだ。犯人は、いずれ必ず「ブラックボックス」を狙って接触してくる。
それが博士の唯一の希望的観測だった。
連合軍もまた、その一点に賭け、ペンフィールド博士の周囲に天網恢恢ともいえる警備体制を敷き、その「時」を息を殺して待っていた。
だが、その均衡を破ったのは、首都から遠く離れた、名もなき辺境の資源採掘宙域で発生した、一件の「海賊事件」だった。
事件の概要はこうだ。
希少鉱物を満載した輸送船団が、正体不明の機動兵器群による襲撃を受けた。
船団の護衛についていたのは、PSE(パワードスーツ・エクステンダー)で編成された惑星連合軍の小隊。
PSEは、かつてタカシたちが苦戦したPSS「スペシャル」をベースに、量産可能な形にデチューンした新型PSであり、初代PSの3倍から5倍という、依然として絶大な戦闘力を有する現行の主力機である。
そのパイロットたちも、辺境勤務とはいえ歴戦の猛者揃いだった。
通常の武装海賊など、物の数ではないはずだった。
しかし、戦闘記録の解析結果は、司令部の分析官たちを戦慄させた。
PSE部隊は、わずか5分で全滅していた。
そして、その原因は、たった一機の謎の機体によるものだったのだ。
記録映像には、地獄そのものが映し出されていた。
漆黒の宇宙空間を、優雅に、しかし恐るべき速度で舞う一体のPS。
その動きは、PSEの追随を全く許さない。
放たれるプラズマキャノンはことごとく回避され、逆に敵機から放たれる長大な砲身のプラズマ砲は、PSEのシールドを紙のように貫き、一撃でその命を奪っていく。
ジェットパンチがPSEを殴り飛ばす様は、まるで大人が子供をいたぶるようだった。
生き残ったパイロットが、絶命する間際にコックピットのカメラが捉えた最後の映像には、敵機の肩口に白くペイントされた、アルファベットの「L」という一文字が、はっきりと映し出されていた。
「L」――それは、盗まれた二機のうちの一体、「スペシャル・リミテッド」に与えられたコードネームだった。
鋼鉄の悪魔が、ついにその牙を剥いたのだ。
しかも、その動きは単なる高性能な機体のそれではない。
まるで、熟練したパイロットが「ブラックボックス」を使いこなしているかのような、超人的な反応速度と精密さだった。
「ありえない…」
ペンフィールド博士は、送られてきた戦闘記録を見ながら呻いた。
「ブラックボックスなしで、どうやってあの動きを…?」
犯人グループは、ペンフィールド博士の知らない、もう一つの「ブラックボックス」を手に入れたというのか?あるいは、それに匹敵する未知の制御システムを開発したとでも?
謎は深まり、脅威はより明確な形となって惑星連合に迫っていた。
そして、この事件は、これから始まる長い悪夢の、ほんの序曲に過ぎないことを、まだ誰も知らなかった。
「リミテッド」は、本来それに対抗しうる唯一の存在であったPSS「スペシャル」が前回の戦闘で行方不明となっている今、この宇宙において実質的に無敵の存在となっていた。
PSEの「スーパーシールド」でかろうじて即死を免れるのが精一杯であり、こちらの攻撃は全く通用しない。
PS部隊は、圧倒的な性能差の前に、ただ蹂躙されるしかなかった。
鋼鉄の悪魔の覚醒は、PSの歴史そのものを根底から揺るがす、新たな時代の幕開けを告げていた。
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