第57話:遠回りな告白
私は実に自然な心境で図書館に向かっていた。
昨夜の魔導河での出来事は、まるで夢のような体験であったが、目覚めても心の中に確実な何かが残っていた。
それが一体何なのかを言葉で説明するのは困難だが、間違いなく重要な何かであった。
図書館に到着すると、アリアは既にいつもの席に座って「魔法基礎理論」の教科書を開いていた。私は彼女の隣に座り、自分の教材を取り出した。
「おはようございます」と私は挨拶した。
「おはようございます」とアリアは振り返って微笑んだ。
いつもと同じやり取りである。しかし、何かが微妙に違う。
昨夜の共有した時間が、我々の間に見えない糸を張ったような感覚があった。
しばらく並んで勉強していたが、私はどうしても昨夜のことについて話したくなった。
「昨夜の魔導河のこと、覚えていますか?」と私は小声で尋ねた。
アリアはページをめくる手を止めて、静かに答えた。
「はい。とても美しかったですね」
「あの優しい光は、これまで見た中で最も印象的でした」と私は続けた。
「私もそう思います」とアリアは頷いた。
「あのような現象は初めて見ました」
私は少し考えてから、核心に触れることにした。
「つまり、あれが僕たちの答えだったのでしょうね」
アリアは教科書から顔を上げて、私を見つめた。
「答え、ですか?」
「はい」と私は説明した。
「これまで我々は、関係性を言葉で定義しようと苦労してきました。しかし、昨夜の体験で分かったのです。定義など必要なかったのだと」
アリアは深く頷いた。
「ええ。遠回りでしたが、これで良かったのだと思います」
我々は微笑み合った。それは今までとは質の違う、深い理解に基づいた微笑みであった。
「では」と私は確認した。
「これから我々は...」
「今まで通りです」とアリアは答えた。
「一緒に勉強し、一緒に食事をし、一緒に散歩をする。何も変わりません」
「しかし、全てが変わったのですね」と私は理解した。
「その通りです」とアリアは静かに答えた。
我々は再び教科書に向かった。
隣に座って、同じページを読み、時々小声で議論する。表面的には昨日までと全く同じ光景である。
しかし、確実に何かが変わっていた。
アリアがペンを取る仕組み、ページをめくる音、小さなため息。全てがこれまでより大切で愛おしく感じられる。
「この定理の証明、分かりますか?」とアリアが尋ねた。
「少し複雑ですね」と私は答えた。
「一緒に考えてみましょう」
我々は頭を寄せ合って数式を検討した。
以前なら単なる共同作業だったが、今は特別な意味を持つ時間に感じられる。
昼食時、いつものように食堂で向かい合って座った。
「今日のスープ、美味しいですね」とアリアが言った。
「そうですね」と私は答えた。
「君と一緒に食べると、より美味しく感じます」
アリアは少し顔を赤らめた。
「私もです」
このような会話も、以前なら恥ずかしくて言えなかっただろう。
しかし、今は自然に言葉が出てくる。昨夜の体験が、我々の間にある種の安心感をもたらしたのかもしれない。
午後の「古代魔法語」の授業では、偶然隣の席になった。
授業中、アリアが難しい単語で困っているのを見て、私はノートの端に訳を書いて見せた。
彼女は小さく微笑んで、「ありがとう」と口の形だけで言った。
このような小さなやり取りが、以前より遥かに意味深く感じられる。
授業後、図書館に戻って復習をした。
「今日の授業、理解できましたか?」と私は尋ねた。
「おかげさまで」とアリアは答えた。
「あなたがいてくださると、勉強も楽しくなります」
私は嬉しくなった。以前なら照れて適当な返事をしていただろうが、今は素直に受け取ることができる。
「僕もです。君がいると、学ぶことの喜びを再発見できます」
夕方、魔導河のほとりを散歩した。昨夜と同じ場所だが、今日は特別な現象は起こらない。ただの静かな川である。
「昨夜の光は、もう見られないのでしょうか」とアリアが呟いた。
「もう必要ないのかもしれません」と私は答えた。
「あの光が教えてくれたことを、我々は既に理解しましたから」
「そうですね」とアリアは同意した。
「これからは、自分たちの力で関係を築いていけば良いのですね」
寮に戻る時、アリアが立ち止まった。
「今日は本当に良い一日でした」
「僕もそう思います」と私は答えた。
「明日もまた、一緒に過ごせることが楽しみです」
「私もです」とアリアは微笑んだ。
部屋に戻ってから、私は今日の出来事を整理していた。
表面的には、いつもと変わらない一日であった。
授業を受け、勉強し、食事をし、散歩をした。特別な出来事は何も起こらなかった。
しかし、その日常の一つ一つが、昨日までとは全く違って感じられた。
同じ行動でも、その意味や価値が根本的に変化していたのである。
我々は遂に、長い間求めていたものを見つけたのかもしれない。
それは劇的な出来事でも、感動的な場面でもなかった。
ただ、お互いの存在を当然のように受け入れ、日常を共有する喜びを発見することであった。
定義や分類にこだわることなく、自然な形で深い結びつきを築くこと。言葉で説明しようとして混乱するのではなく、感じることを大切にすること。
窓の外を見ると、魔導河が月光に照らされて静かに流れている。
昨夜のような神秘的な光はないが、その自然な美しさで十分である。
明日もまた、アリアと一緒に図書館で勉強するのだろう。
そして、その何気ない時間こそが、最も価値ある幸福なのである。
つまるところ...これが我々らしい関係の成就なのである。
劇的ではないが、確実で深い理解に基づいている。言葉で定義する必要もなく、ただ自然に受け入れ合う関係。それこそが、長い遠回りの末に辿り着いた、真の答えだったのだろう。
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