第58話:それぞれの幸福
私は実に興味深い観察をしていた。
アリアとの関係が新たな段階に入ってから一週間が経ったのだが、我々だけでなく周囲の人々もそれぞれに充実した日々を送っているようなのである。
その日の昼食時、食堂でルナと出会った時のことである。
「先輩、お疲れさまです!」と彼女はいつものように明るく挨拶してきた。
しかし、以前にも増して生き生きとした表情をしている。
「ルナさん、最近とても充実して見えますね」と私は観察を述べた。
「そうなんです!」とルナは目を輝かせた。
「新入生の指導をお手伝いさせていただいているんです」
「新入生の指導、ですか」
「はい!」とルナは熱心に説明し始めた。
「学院生活の基本的なことから、勉強のコツ、友人関係の築き方まで、色々な相談に乗っているんです」
私は感心した。確かにルナのような積極的で親しみやすい性格は、新入生の指導に向いているだろう。
「どのような指導をしているのですか?」とアリアも興味深そうに尋ねた。
「例えば」とルナは具体例を挙げた。
「『魔法基礎理論』の勉強法や、図書館の効率的な使い方、それから...」
彼女は少し照れながら続けた。
「人間関係の相談も多いんです。特に『好きな人がいるけど、どうアプローチすれば良いか分からない』という相談が」
私は苦笑いした。確かにルナなら、そのような相談にも的確なアドバイスができそうである。
「先輩たちを見ていて学んだんです」とルナは真面目な表情になった。
「関係を築くのに大切なのは、焦らずに相手を理解することだって」
アリアと私は顔を見合わせた。我々の遠回りな関係の築き方が、意外にも良い教材になっていたようである。
その後、図書館で勉強していると、ヴィクターが近づいてきた。
「田中君、少し話があるのですが」と彼は言った。
「どのような話でしょうか?」
「実は」とヴィクターは少し恥ずかしそうに言った。
「君の勉強に対する姿勢を見ていて、僕も見習いたいと思ったのです」
私は驚いた。あの自信家のヴィクターが、私を見習いたいと言うとは。
「僕の勉強姿勢、ですか?」
「そうです」とヴィクターは説明した。
「君は決して天才的ではないけれど、コツコツと真面目に取り組んでいる。そして、分からないことは素直に質問する」
「それは...」と私は戸惑った。
「僕はプライドが高くて、分からないことがあっても質問できずにいました」とヴィクターは告白した。
「でも、君を見ていて気づいたんです。本当の学問は、見栄を張ることではなく、理解を深めることだって」
私は感動した。ヴィクターもまた、自分なりの成長を遂げていたのである。
「もしよろしければ」とヴィクターは提案した。
「今度一緒に勉強しませんか?お互いに分からないところを質問し合って」
「もちろんです」と私は快く答えた。
「喜んで」
夕方、マルクスに出会った時も興味深い発見があった。
「君たち、最近良い雰囲気だな」とマルクスは私とアリアを見て微笑んだ。
「そうですか?」と私は尋ねた。
「ああ」とマルクスは頷いた。
「以前より自然体になった感じがする。見ていて安心するよ」
「マルクス先輩こそ、相変わらず我々の世話を焼いてくださって」とアリアが感謝を表した。
「それが僕の役割だからね」とマルクスは照れながら答えた。
「君たちが幸せそうにしているのを見ると、僕も嬉しいんだ」
私は改めて、マルクスの優しさに感謝した。彼のような存在がいることで、学院生活がより豊かになっている。
その時、背後から馴染みのある笑い声が聞こえてきた。
「くくく、やっとですね」
振り返ると、スカーンが満足そうな表情で立っていた。
「やっと、とは?」と私は尋ねた。
「君たちが自然な関係を築けたということです」とスカーンは説明した。
「長い間、見ていてイライラしていました」
「君は最初から我々の関係を見守っていたのですね」とアリアが理解した。
「まあ、そのようなものです」とスカーンは曖昧に答えた。
「でも、君たちらしい解決方法でした。実に興味深い観察でした」
私は思わず笑ってしまった。スカーンもまた、我々の関係の成り行きを楽しんでいたのである。
翌日、グレイ教授の授業後、教授に呼び止められた。
「田中君、アリア嬢、少し話がある」
教授室で、意外にもティメウス博士も同席していた。
「君たちの成長を見ていて、我々も大いに学ばせてもらった」とグレイ教授が口を開いた。
「学ばせてもらった、ですか?」
「そうです」とティメウス博士が説明した。
「真の教育とは何かという我々の研究に、君たちは貴重なデータを提供してくれました」
「それで」とグレイ教授が続けた。
「今度は新しい教育実験を計画しているのです」
「新しい実験?」とアリアが興味深そうに尋ねた。
「次世代の転生者たちに対する、より自然な成長環境の提供です」とティメウス博士が答えた。
「君たちの経験を参考に、押し付けがましくない、本当の意味での『見守り』システムを構築したいと考えています」
私は感心した。彼らもまた、我々との関わりを通じて新たな発見をしていたのである。
部屋に戻ってから、私は今日出会った人々のことを考えていた。
ルナは新入生の指導に生きがいを見つけ、ヴィクターは真の学問への姿勢を身につけ、マルクスは相変わらず周囲への優しさを示している。スカーンは我々の成長を見守る満足感を得て、教授たちは新たな研究の方向性を発見した。
皆が、それぞれの方法で充実した日々を送っている。
私とアリアの関係も、その一つの形に過ぎないのかもしれない。しかし、それぞれが見つけた幸福の形は、確実に価値あるものである。
窓の外を見ると、魔導河が静かに流れている。この川を見つめながら、多くの学生が自分なりの答えを見つけていくのだろう。
我々も、そのような学生の一人だったのである。特別でも特殊でもない、ただの普通の学生。しかし、だからこそ価値がある。
明日もまた、それぞれが自分らしい一日を過ごすのだろう。ルナは新入生の相談に乗り、ヴィクターは真摯に勉強し、マルクスは誰かの世話を焼く。そして私とアリアは、変わらない日常を共に過ごす。
つまるところ...幸福とは人それぞれの形があるものなのである。
そして全ての形に価値がある。劇的でなくても、目立たなくても、その人らしい幸福の形を見つけることこそが、真の成長なのかもしれない。
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