第39話:精神崩壊寸前と真実

私は実に恐るべき状況に陥っていた。


スカーンとの対話から三日が経ったのだが、薬の副作用は収まるどころか、ますます悪化していたのである。もはや昼夜の区別もつかず、私の中で複数の人格が激しく争っていた。


「君は偽物だ」


「いや、君こそ薬によって作られた幻影だ」


「我々は皆、幻想に過ぎない」


私の脳内で、三つの声が絶え間なく議論を続けている。一つは本来の内省的な私、一つは薬によって作られた積極的な私、そしてもう一つは理想化された完璧な私である。


授業中も、この内的対話は止まらない。


「魔素密度の計算は...」と教授が説明していても、頭の中では別の議論が続いている。


「この授業は無意味だ。君はもっと高次元の思考をすべきだ」と理想の私が言う。


「いや、基礎をしっかり学ぶことが重要だ」と本来の私が反論する。


「どちらも間違っている。君たちは現実を見ていない」と薬の私が割って入る。


私は頭を抱えた。もはや、どの声が本当の私なのかわからない。


「田中君、大丈夫ですか?」と教授が心配そうに尋ねた。


私は答えようとしたが、どの人格で答えるべきかわからない。


「すみません、少し体調が...」と私は曖昧に答えた。


授業後、アリアが心配そうに近づいてきた。


「あなた、顔色が悪いですね」と彼女は言った。


「大丈夫ですか?」


私は彼女の顔を見つめたが、なぜか焦点が合わない。アリアの姿が三重に見えるのである。


「アリア...」と私は呟いた。


「はい、私です」と彼女は答えたが、その声が遠くから聞こえるようであった。


「君は誰だ?」と私の中の一つの声が尋ねた。


「アリア・ルーンヒルデです。あなたの友人です」と彼女は困惑しながら答えた。


「友人?」と別の声が疑問を呈した。「君は彼女を愛しているのではないか?」


「愛している」と三つ目の声が断言した。「しかし、それは薬の効果かもしれない」


私は混乱した。自分の感情すらも、どれが本物なのかわからない。


「あなた、おかしいです」とアリアは心配そうに言った。


「医務室に行きましょう」


「医務室?」と私は繰り返した。


しかし、医務室という言葉を聞いた瞬間、私の中で警告音が鳴り響いた。


「薬のことがばれる」

「逃げなければならない」

「いや、正直に話すべきだ」


三つの声が同時に叫び、私は頭を抱えて座り込んでしまった。


「やめろ、やめてくれ」と私は呟いた。


アリアは慌てて私の肩を揺すった。


「しっかりしてください!」


しかし、私にはアリアの声がますます遠くなっていくのが感じられた。現実と幻想の境界が曖昧になり、私は深い混乱の渦に飲み込まれていく。


「君は何者だ?」

「君は存在するのか?」

「君の感情は本物か?」


質問は無限に続き、答えは永遠に見つからない。


その時、突然周囲の景色が変わった。


私は学院の廊下にいたはずなのに、気がつくと古い石造りの迷宮にいた。壁には複雑な魔法文字が刻まれ、床には光る魔法陣が描かれている。


「感情の迷宮...」と私は呟いた。


ここは地下で見た魔法装置の内部なのか、それとも私の幻覚なのか。もはや区別がつかない。


迷宮の奥から、複数の人影が現れた。それは私自身の姿であった。


一人は内省的で優柔不断な私。もう一人は薬によって積極的になった私。そして三人目は、完璧に理想化された私。


「ついに会ったな」と積極的な私が言った。


「君たちは偽物だ」と内省的な私が反論した。


「我々は皆、同じ存在の断片に過ぎない」と理想的な私が哲学的に分析した。


私は三人の自分と対峙しながら、深い絶望を感じていた。もはや、どれが本当の自分なのかわからない。


「君は誰だ?」と三人が同時に私に問いかけた。


私は答えることができなかった。


その時、遠くからアリアの声が聞こえてきた。


「田中さん!返事をしてください!」


しかし、その声はますます遠ざかっていく。私は迷宮の深部へと引きずり込まれていく。


「助けて...」と私は呟いたが、その声は迷宮に吸い込まれて消えてしまった。


私は自分自身と向き合うことを強いられていた。しかし、その結果、自分が何者なのかわからなくなってしまった。


内省という行為は、本来自己理解を深めるためのものであるはずだった。しかし、過度な内省は、かえって自己の統一性を破壊してしまったのである。


「自分とは何か?」という問いは、答えを求めれば求めるほど、問い自体を無意味にしてしまう。


迷宮の中で、私は三人の自分と永遠の議論を続けることになった。本物と偽物、現実と幻想、真実と虚偽。これらの境界は曖昧で、明確な答えは存在しない。


私は完全に感情の迷宮に取り込まれてしまったのである。


外の世界では、アリアが必死に私の名前を呼んでいるのかもしれない。しかし、その声はもう私には届かない。


私は自分自身の迷宮の中で、永遠に彷徨うことになるのかもしれない。


つまるところ...自分を見つめすぎると、自分を見失うのである。内省とは時として自己破壊の別名なのかもしれない。



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