第38話:第三者から聞く真実

私は実に意外な真実を知ることになった。


感情の迷宮でスカーンと対峙してから二日後、グレイ教授から呼び出しを受けたのである。魔法哲学の研究室で、教授は深刻な表情で私を迎えた。


「君の件について、話したいことがある」と教授は切り出した。


「僕の件、ですか?」


「スカーン・クロウの件だ」と教授は言った。


「彼の行動について、君は誤解している部分があるかもしれない」


私は困惑した。教授がなぜスカーンのことを知っているのか。


「あなたは彼を知っているのですか?」


「よく知っている」と教授は頷いた。


「彼は私の元教え子だからな」


私は驚いた。スカーンがグレイ教授の教え子だったとは。


「彼についてお話ししましょう」と教授は椅子に深く腰掛けた。


「まず、君に理解してもらいたいのは、彼が君の良き理解者だということです」


「良き理解者?」と私は首をかしげた。


「彼は僕を実験台にしたのですよ」


「確かにそうですが、その動機を理解する必要があります」と教授は説明した。


「彼は君を見ていて、自分の過去を重ね合わせているのです」


「過去?」


教授は窓の外を見つめながら語り始めた。


「スカーンも昔、君と同じように優柔不断で、恋愛に不器用な学生でした」


私は意外だった。あの狡猾で自信に満ちたスカーンが、私と同じような悩みを抱えていたとは。


「彼にも愛する人がいました」と教授は続けた。


「しかし、彼は君と同じように行動を起こすことができず、結局その人を失ってしまったのです」


「失ったというのは?」


「彼女は他の男性と結ばれました」と教授は静かに答えた。


「スカーンが決断できずにいる間に、より積極的な相手に奪われてしまったのです」


私は胸が痛んだ。それは私が最も恐れている結果である。


「その経験が、彼の人生を大きく変えました」と教授は続けた。


「彼は二度と同じ過ちを犯すまいと決意し、心理学を学んで人の心の動きを理解しようとしたのです」


「だから心理カウンセラーに?」


「そうです。そして、君のような学生を見ると、放っておけなくなるのです」と教授は説明した。


「君に自分の過去を重ね合わせて、同じ失敗をさせたくないと思うのでしょう」


私は複雑な気分であった。スカーンの行動に、そのような背景があったとは。


「でも、彼の方法は間違っています」と教授は厳しく付け加えた。


「薬に頼らせることで問題を解決しようとするのは、根本的な解決にはなりません」


「それは僕も感じていました」


「彼なりの親心なのですが、方法が間違っているのです」と教授は溜息をついた。


「彼は自分の失敗を君に投影し、無理やり『治療』しようとしている」


私は納得した。確かにスカーンの行動は、個人的な動機に基づいているのかもしれない。


「では、彼は僕のことを本当に心配してくれているということですか?」


「間違いありません」と教授は断言した。


「ただし、その心配の仕方が適切ではないということです」


私は興味深く思った。「教授は彼とこのことについて話したことがあるのですか?」


「何度も話しました」と教授は頷いた。


「しかし、彼は決して自分の過去については語りません」


「語らない?」


「そうです。彼は自分の失恋体験を、絶対に他人に話そうとしません」と教授は説明した。


「プライドが高いのです。自分の弱さを認めたくないのでしょう」


私は理解した。確かにスカーンは、自分の真意について語ろうとしない。


「だから、彼は『君のため』と言いながら、実際には自分のトラウマと戦っているのです」と教授は分析した。


「君を助けることで、自分の過去の失敗を償おうとしているのかもしれません」


この解釈は、実に興味深かった。スカーンの行動が、自己療法的な側面を持っているという可能性。


「しかし、それは健全なことではありません」と教授は警告した。


「他人を自分の投影対象にすることは、その人の自主性を奪うことになります」


私は深く頷いた。確かにスカーンの「治療」は、私の選択の自由を奪っていた。


「では、どうすれば良いのでしょうか?」


「まず、君自身が自分の問題と向き合うことです」と教授は答えた。


「スカーンの助けではなく、自分の力で解決する必要があります」


「でも、僕は優柔不断で...」


「それも君の個性です」と教授は遮った。


「無理に変える必要はありません。ただし、重要な時には決断する勇気を持つことです」


私は考え込んだ。確かに優柔不断さも、私の一部である。それを完全に排除するのではなく、適切にコントロールすることが重要なのかもしれない。


「スカーンには、どのように対応すれば良いでしょうか?」


「彼の善意は認めつつ、毅然とした態度で断ることです」と教授は提案した。


「彼も最終的には、君の判断を尊重するでしょう」


その日の夕方、私はスカーンに会いに行った。地下の例の場所で、彼は相変わらずの笑みを浮かべて待っていた。


「くくく、調子はいかがですか?」


「スカーン」と私は真剣に言った。


「君の気持ちはわかりました。でも、もう薬は使いません」


スカーンの表情が変わった。「なぜです?」


「自分の問題は、自分で解決したいからです」と私は答えた。


「君の過去のことも聞きました。君なりの親心だということも理解しています」


スカーンは一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの笑みに戻った。


「くくく、余計な詮索をしましたね」


「でも、君の気持ちには感謝しています」と私は続けた。


「君は僕のことを心配してくれていた。それはよくわかります」


スカーンは何も答えなかった。ただ、その表情は以前より穏やかに見えた。


帰り道、私は教授の言葉を思い出していた。


スカーン本人は、決して自分の過去や真意について語ろうとしない。しかし、第三者である教授からその真実を聞くことで、初めて彼の行動の意味を理解することができた。


つまるところ...真実は常に第三者の口から語られるものなのである。当事者は決して本音を明かさない。

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