第37話:スカーンの善意と迷宮の真相

私は実に深刻な状況に陥っていた。


人格分裂の症状は日に日に悪化しており、もはや自分が何者なのかわからなくなっていた。昼間は薬の効果で積極的になるが、その間の記憶も曖昧になり始めている。


そんな私の異変に、最初に気づいたのはアリアであった。


その日の午後、図書館で勉強していると、アリアが真剣な表情で近づいてきた。


「お話があります」と彼女は低い声で言った。


「何でしょうか?」と私は答えたが、自分の声が昼間のものなのか夜のものなのかわからない。


「最近のあなた、明らかにおかしいです」とアリアは直截に指摘した。


「人格が変わったように見えます」


私は動揺した。ついにアリアに気づかれてしまったのか。


「そんなことは...」と私は否定しようとしたが、アリアは遮った。


「嘘をついても無駄です。私はあなたのことをよく知っています」と彼女は断言した。


「何か薬を使っているのではありませんか?」


私は観念した。アリアの洞察力を甘く見ていた。


「どうしてわかったのですか?」


「以前にも似たようなことがありました」とアリアは説明した。


「記憶増強薬の時も、あなたは同じような変化を見せていました」


確かにその通りであった。アリアは私の薬物使用のパターンを理解していたのである。


「今度は何を使ったのですか?」とアリアは厳しく尋ねた。


私は正直に答えた。「魅力向上エッセンスです」


「また、スカーンからですね?」


「はい」


アリアの表情が厳しくなった。「今度こそ、きちんと対処する必要があります」


「対処?」


「スカーンの正体を突き止めます」とアリアは決意を込めて言った。


「彼が一体何者なのか、そして彼の薬がどこから来るのか」


翌日、アリアは単独でスカーンの元を訪れた。私は心配だったが、彼女は「私に任せてください」と言って聞かなかった。


夕方、アリアは深刻な表情で戻ってきた。


「わかりました」と彼女は報告した。


「スカーンの正体と、彼の薬の正体が」


「どのような?」


「彼は学院の関係者です」とアリアは説明し始めた。


「元学生で、現在は心理カウンセラー的な役割を担っています」


私は驚いた。スカーンが学院の公式関係者だったとは。


「そして、彼の薬は『感情の迷宮』という学院の教育システムの一部なのです」とアリアは続けた。


「感情の迷宮?」


「学院の地下にある古い魔法装置です」とアリアは説明した。


「学生の感情を人工的に高めて、その過程で成長を促すシステムです」


私は愕然とした。つまり、私は学院の実験対象にされていたということか。


「スカーン自身は何と言っていましたか?」


「相変わらずでした」とアリアは苦笑いした。


「『くくく、君があまりに鈍いからだ』としか言いませんでした」


私は複雑な気分であった。スカーンの行為が、個人的な悪意ではなく、教育的配慮だったとは。


「でも、なぜ僕が対象に?」


「おそらく、あなたの優柔不断さが、彼の職業的関心を引いたのでしょう」とアリアは分析した。


「心理カウンセラーとして、あなたを『治療』したかったのかもしれません」


私は頭を抱えた。つまり、スカーンは善意で私を薬漬けにしていたということになる。


「しかし、感情の迷宮とは一体何なのでしょうか?」


「それを調べるために、今夜、学院の地下を探索します」とアリアは提案した。


「危険ではありませんか?」


「あなたの状態の方が危険です」とアリアは断言した。


「このままでは、本当に取り返しのつかないことになります」


その夜、私たちは学院の地下深くへ向かった。普段は立ち入り禁止の区域だが、アリアが何らかの方法で許可を得ていた。


地下の奥深くで、我々は巨大な魔法装置を発見した。古代の魔法文字が刻まれた石造りの構造物で、中央には水晶のような球体が浮かんでいる。


「これが感情の迷宮です」とアリアは説明した。


「学院設立時から存在する、感情増幅装置です」


装置の近くには、詳細な説明書きがあった。それによると、この装置は学生の感情的成長を促進するため、人工的に感情的危機を作り出すシステムであった。


「つまり、僕の恋愛問題も、この装置によって作り出されたということですか?」


「可能性があります」とアリアは頷いた。


「ルナの出現、ヴィクターのアプローチ、そして私の嫉妬...全てが仕組まれていたのかもしれません」


私は絶望した。私の感情、私の悩み、そして私の人間関係の全てが、教育的操作の産物だったとは。


その時、背後から声が聞こえた。


「くくく、ついに見つけましたね」


振り返ると、スカーンが立っていた。


「スカーン...」


「驚きましたか?」と彼は平然と言った。


「でも、これも君の成長のためです」


「成長のため?」と私は憤った。


「僕を実験台にしておいて、よくそんなことが言えますね」


「実験台ではありません」とスカーンは訂正した。


「治療です。君の優柔不断さは、明らかに病的でした」


「それを決める権利が君にあるのですか?」


「あります」とスカーンは断言した。


「私は学院認定の心理カウンセラーです。問題のある学生を指導するのが仕事です」


私は愕然とした。スカーンの行為は、彼の職務の範囲内だったのである。


「でも、副作用については説明していませんでした」とアリアが指摘した。


「副作用は想定内です」とスカーンは答えた。


「強い感情を体験することで、最終的により強い人格が形成されます」


「僕の人格が分裂していることも想定内なのですか?」


「それも成長の過程です」とスカーンは言った。


「君は自分が何者かを深く考えるようになったでしょう?」


確かにその通りであった。しかし、それが良いことなのかは疑問である。


「つまり、君の全ての行為は、僕のためを思ってのことだったということですね」と私は確認した。


「そうです」とスカーンは頷いた。


「私は君の幸せを願っています」


私は複雑な心境であった。スカーンの動機が善意だったとすれば、彼を責めることもできない。


しかし、その善意が私にとって迷惑だったことも事実である。


つまるところ...善意ほど始末に負えないものはないのである。



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