第35話:エッセンスの効果と違和感

私は実に奇妙な体験をしていた。


魅力向上エッセンスを服用してから三日が経ったのだが、確かに効果は現れていた。朝起きた時から、なぜか自信に満ちている。鏡を見ても、以前より魅力的に見える。声にも張りがあり、歩き方も堂々としている。


「これが薬の効果か」と私は感嘆した。


実際、周囲の反応も変わっていた。廊下ですれ違う学生たちが私に注目し、授業中の発言にも自然と説得力が生まれている。


しかし、最も重要なアリアとルナの反応は、予想とは異なるものであった。


その日の午後、図書館でアリアと会った時のことである。


「こんにちは」と私は以前より明るい声で挨拶した。


アリアは振り返ったが、その表情は困惑に満ちていた。


「あなた、なんだか違いますね」と彼女は率直に言った。


「違う?」と私は首をかしげた。


「ええ。いつものあなたらしくないというか...」とアリアは言葉を選びながら説明した。


「妙に明るくて、自信に満ちているように見えます」


私は内心で喜んだ。これこそがエッセンスの効果である。


「それは良いことではないでしょうか?」と私は答えた。


「自信を持つことは大切ですし」


「でも...」とアリアは困った顔をした。


「以前のあなたの方が、もっと自然でした」


私は意外だった。自信を持った私を、アリアは歓迎していないのだろうか。


「今日は一緒に勉強しませんか?」と私は積極的に提案した。


「すみません、今日は少し忙しくて」とアリアは断った。


「また今度にしましょう」


そう言うと、彼女は足早に図書館を出て行った。


私は困惑した。以前なら、アリアはもっと積極的に一緒に時間を過ごそうとしていたはずである。


食堂でルナと会った時も、似たような反応であった。


「先輩!」とルナは相変わらず明るく挨拶してきたが、しばらく話していると表情が曇った。


「先輩、なんだか変ですね」と彼女は首をかしげた。


「変?どう変ですか?」


「うーん、説明が難しいんですが...」とルナは考え込んだ。


「前の田中先輩の方が素敵でした」


私は愕然とした。ルナまでもが、以前の私を好ましく思っているのか。


「でも、今の方が自信があって、積極的でしょう?」と私は反論した。


「確かにそうですが...」とルナは困った顔をした。


「なんだか、無理をしているみたいで」


「無理?」


「はい。いつもの先輩は、もっとこう...考え深くて、少し迷いがあるところが魅力的だったんです」とルナは説明した。


「今の先輩は、なんだか表面的というか...」


私は動揺した。確かに自信は増したが、それが魅力的ではないとは。


その日の夕方、スカーンに相談してみた。


「効果は出ているようですが、反応が予想と違います」と私は報告した。


「どう違うんですか?」とスカーンは興味深そうに尋ねた。


「アリアもルナも、以前の私の方が良かったと言うんです」


「くくく、それは効果が出ている証拠ですよ」とスカーンは満足そうに笑った。


「どういう意味ですか?」


「彼女たちは変化に戸惑っているんです」とスカーンは説明した。


「急激な変化には、適応に時間がかかります」


私は納得できなかった。「でも、自信を持った方が魅力的なはずでは?」


「理論的にはそうです」とスカーンは頷いた。


「しかし、女性の心理は複雑です。時には弱さも魅力になるんですよ」


「弱さが魅力?」


「そうです。君の以前の迷いや内省的な部分を、彼女たちは愛していたのかもしれません」とスカーンは分析した。


私は困惑した。それでは、エッセンスの効果は逆効果ということになる。


「でも、心配は無用です」とスカーンは続けた。


「慣れれば、きっと新しい君を受け入れてくれます」


「本当でしょうか?」


「間違いありません」とスカーンは断言した。


「君はより魅力的になったんです。それは客観的事実です」


しかし、私は疑問を感じていた。確かに自信は増したが、それが本当に良い変化なのだろうか。


その夜、部屋で一人になった時、私は鏡を見つめていた。


確かに以前より堂々として見える。しかし、同時に何か大切なものを失ったような気もする。


以前の私は、確かに優柔不断で内省的だった。しかし、それが私の個性でもあったのではないか。


エッセンスの効果で、その個性が失われてしまったのかもしれない。


「これは本当に改善なのだろうか?」と私は自問した。


翌日、授業中にも違和感を覚えた。


以前なら慎重に考えてから発言していたのに、今は思ったことをすぐに口にしてしまう。その結果、時として浅はかな発言をしてしまうのである。


グレイ教授の魔法哲学の授業で、教授が「知識と知恵の違い」について問いかけた時、私は即座に答えた。


「知識は情報の蓄積、知恵は経験の産物です」


教授は首をかしげた。「それは表面的な理解ではないかね?」


私は困惑した。以前なら、もっと深く考えてから答えていたはずである。


授業後、アリアが私に近づいてきた。


「今日の発言、いつものあなたらしくありませんでしたね」と彼女は心配そうに言った。


「どういう意味ですか?」


「もっと深く考える人だと思っていました」とアリアは率直に答えた。


「最近のあなたは、なんだか表面的で...」


私は愕然とした。確かにアリアの指摘は正しい。エッセンスの効果で積極性は増したが、思考の深さは失われているようである。


部屋に戻って、私は深く考え込んだ。


エッセンスは確かに私を変えた。しかし、その変化は必ずしも良いものではないかもしれない。


自信と浅薄さ、積極性と軽率さ。これらは紙一重なのかもしれない。


そして、アリアとルナが愛していたのは、欠点も含めた「本来の私」だったのかもしれない。


「改善とは何なのか?」と私は哲学的に考察した。


客観的に見れば、確かに私は改善されている。しかし、主観的には何かを失っている。


つまるところ...改善とは必ずしも改良ではないのである。



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