第34話:世話焼きの押し売り
私は実に屈辱的な状況に陥っていた。
スカーンとの説教問答から一週間が経った日のことである。その日の午後、食堂でヴィクターがアリアと親しげに話しているのを目撃してしまったのだ。
二人は魔法理論について議論していたようだが、その様子は実に自然で、まるで古くからの友人のようであった。ヴィクターの知的で紳士的な態度と、それに応じるアリアの微笑み。
私は遠くからその光景を見ながら、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。
「これが嫉妬というものなのか」と私は自問した。
しかし、その感情を分析する間もなく、背後からあの声が聞こえてきた。
「くくく、見ているだけですか?」
振り返ると、スカーンが立っていた。
「別に見ているわけでは...」と私は否定しようとしたが、彼は苦笑いを浮かべた。
「嘘をついても仕方ありませんよ。君の顔に全部書いてあります」
私は観念した。「それで、君は何をしに?」
「君を助けに来たんです」とスカーンは当然のように答えた。
「助ける?」
「そうです。このままでは、本当に手遅れになります」とスカーンは深刻な表情を見せた。
「ヴィクター・クロムウェルは本気ですよ」
私は動揺した。「本気とは?」
「彼はルーンヒルデ嬢に正式に求婚するつもりです」とスカーンは爆弾を投下した。
「今週末にも、彼女の意向を確認するそうです」
私は愕然とした。「求婚?」
「そうです。彼は真剣なんです」とスカーンは頷いた。
「そして、ルーンヒルデ嬢も、君からの明確な意思表示がない以上、彼の申し出を考慮するでしょう」
私は頭を抱えた。確かにアリアの立場から考えれば、ヴィクターの方が理想的な相手かもしれない。
「それで?」と私は尋ねた。
「だから、今すぐ行動を起こすべきなんです」とスカーンは言った。
「魅力向上エッセンスを使って、自信を持って彼女にアプローチするんです」
私は首を振った。「やはり薬に頼るのは...」
「君はまだそんなことを言っているんですか?」とスカーンは呆れた。
「これは押し売りではありません。君のためなんですから」
「押し売りじゃないと言いながら、押し売りしているじゃないか」と私は指摘した。
「押し売りと親切の違いがわからないんですね」とスカーンは溜息をついた。
「君のためを思って言っているんです」
私は反論した。「君の『ため』が、必ずしも僕の『ため』になるとは限らない」
「それは結果を見てから判断してください」とスカーンは言った。
「前回は確かに失敗しました。でも君は成長しただろう?」
確かにその通りであった。記憶増強薬の件で、私は友情の価値を学んだ。
「今度は適量使えばいい。要は使い方の問題だ」とスカーンは続けた。
「前回のように一気に大量摂取するから問題が起きるんです」
私は考え込んだ。確かにスカーンの理屈には一理ある。
「しかし、薬に頼ることが根本的解決になるのでしょうか?」
「根本的解決なんて、この世に存在しませんよ」とスカーンは現実的に答えた。
「人生は常に暫定的な解決の積み重ねです」
この発言は、意外に哲学的であった。
「君は完璧な解決策を求めすぎるんです」とスカーンは続けた。
「でも、現実はそんなに甘くない。時には妥協も必要です」
私は迷った。確かにスカーンの言うことは現実的である。
「副作用は?」
「軽微です。少し積極的になるだけです」とスカーンは保証した。
「君の本来の魅力を引き出すだけですから」
私は金色の瓶を見つめた。美しく光る液体が、まるで希望のように見える。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です」とスカーンは断言した。
「今度は君が自分でコントロールできる範囲の効果です」
私は深く息を吸った。そして、ついに決断した。
「わかりました」
「賢明な判断です」とスカーンは満足そうに微笑んだ。
「使用法を説明しましょう。まず、少量から始めてください」
スカーンは詳しい使用法を説明した。確かに前回より慎重なアプローチである。
「そして、効果が現れたら、すぐにルーンヒルデ嬢に気持ちを伝えてください」
「わかりました」
「頑張ってください」とスカーンは言った。
「君の幸せを願っています」
その夜、部屋で一人になった時、私は瓶を手に取った。
スカーンの言葉を思い返しながら、複雑な心境であった。
確かに彼は押し売りをしている。しかし、同時に的確なアドバイスも与えてくれている。
前回の失敗から学んだこと、現実的な問題解決の必要性、そして時には妥協も必要だということ。
「これは迷惑なのか、それとも親切なのか?」と私は自問した。
スカーンの行動は、明らかに押し付けがましい。
しかし、彼なりに私のことを心配してくれているのも事実である。
そして、彼の指摘している問題は、確実に存在している。
アリアの苦悩、ヴィクターの求婚、私自身の優柔不断さ。これらは全て現実の問題である。
「使うべきなのか、使わざるべきなのか」
私は深夜まで悩み続けた。
理性では反対だが、現実的には必要かもしれない。そして、スカーンの言う通り、適量使用なら安全かもしれない。
翌朝、私は決断していた。
ヴィクターの求婚が今週末なら、もう時間がない。このままでは、本当に全てを失ってしまう。
私は瓶を開け、少量の金色の液体を口に含んだ。
甘い味がして、すぐに温かい感覚が体を巡った。
「これで良かったのか?」と自問したが、もう後戻りはできない。
スカーンの親切と迷惑、その境界線は実に曖昧であった。
つまるところ...善意と迷惑の境界線は実に曖昧なのである。
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