第33話:腐れ縁の説教と迷い

私は実に困難な決断を迫られていた。


スカーンから魅力向上エッセンスを受け取ってから三日が経ったが、私はまだそれを使用していなかった。机の上で金色に光る瓶を見つめながら、連日逡巡を続けていたのである。


その日の午後、再び地下でスカーンと遭遇した。


「くくく、まだ使っていないようですね」と彼は私の顔を見るなり言った。


「どうしてわかるのだ?」


「君の顔を見ればわかります。相変わらず悩んでいる」とスカーンは苦笑いした。


私は観念した。「使わないことにした」


「やはりそうですか」とスカーンは溜息をついた。


「君はいつもそうだ。チャンスを目の前にしても行動しない」


「慎重になるのは当然だろう」と私は反論した。


「慎重と優柔不断は違います」とスカーンは厳しく言った。


「君のその態度が、周囲を困らせているんですよ」


私は苛立った。「余計なお世話だ」


「お世話を焼かざるを得ないほど、君の状況は深刻なんです」とスカーンは続けた。


「ルーンヒルデ嬢の苦悩を見ていられません」


「アリアが苦悩?」


「そうです」とスカーンは頷いた。


「彼女は君の優柔不断さに疲れ果てています。そして、他の選択肢を考え始めている」


私は動揺した。「他の選択肢とは?」


「昨日、ヴィクター・クロムウェルという上級生が彼女にアプローチしているのを見ました」とスカーンは爆弾を投下した。


「ヴィクター?」


「ええ。学年首席の完璧な紳士です。ルーンヒルデ嬢のような優秀な女性にはお似合いでしょうね」


私は愕然とした。確かにヴィクターは優秀で、魅力的な男性である。アリアと釣り合いが取れている。


「それで、君はそれでも良いのですか?」とスカーンは畳み掛けた。


「アリアが他の男に取られても後悔しないのですか?」


私は言葉に詰まった。確かに、アリアが他の男性と親しくなることを想像すると、胸が苦しくなる。


「しかし、薬に頼るのは...」


「君の理想論はもう聞き飽きました」とスカーンは遮った。


「現実を見てください。君が何もしなければ、全てを失うことになります」


私は困惑した。スカーンの言葉は厳しいが、的確でもある。


「君は自分の感情にすら正直になれないんですね」とスカーンは呆れたように言った。


「アリア・ルーンヒルデが大切なのか、そうでないのか。それすらはっきりしない」


「それは...」


「はっきりしないから、行動もできない。そして、機会を逃す」とスカーンは続けた。


「実に愚かです」


私は反発した。「君に何がわかる」


「わからないから言っているんです」とスカーンは言った。


「君の気持ちがわからないから、見ていてイライラするんです」


その夜、部屋に戻ると、マルクスが深刻な表情で待っていた。


「君に話があります」と彼は言った。


「何でしょうか?」


「ルーンヒルデ嬢のことです」とマルクスは座り込んだ。


「今日、廊下で彼女と話したのですが、明らかに参っています」


私は心配になった。「参っている?」


「君のことで悩んでいるようです」とマルクスは説明した。


「君の気持ちがわからなくて、苦しんでいる」


私は頭を抱えた。「僕が苦しめているということですか?」


「そうです」とマルクスは断言した。


「君はもっと積極的になるべきです」


私は愕然とした。マルクスまでもが、スカーンと同じことを言うとは。


「でも、どうすれば...」


「簡単です。正直に気持ちを伝えればいいんです」とマルクスは言った。


「君はルーンヒルデ嬢のことが好きなんでしょう?」


私は答えに窮した。確かにアリアは大切な存在である。しかし、それが恋愛感情なのかどうか、まだ確信が持てない。


「それがわかればこんなに苦労はするものか」と私は正直に答えた。


「友情なのか、恋愛なのか...」


「それを確かめるためにも、行動が必要なんです」とマルクスは言った。


「何もしなければ、何もわからないまま終わります」


その言葉は、スカーンの主張と根本的に同じであった。


「君の慎重さは時として美徳ですが、今回は障害になっています」とマルクスは続けた。


「時にはリスクを取ることも必要です」


私は混乱した。スカーンもマルクスも、結果的に同じことを言っている。私の消極性が問題だと。


しかし、積極的になるということは、具体的に何をすることなのか。


翌日、再びスカーンに会った時、彼は私の顔を見て溜息をついた。


「まだ決められないんですね」


「そうだ」と私は認めた。


「まったく、世話の焼ける奴だ」とスカーンは呟いた。


「でも、それが君らしいのかもしれません」


私は意外だった。スカーンが諦めるとは思わなかった。


「諦めるのか?」


「諦めるわけではありません」とスカーンは言った。


「ただ、君の性格を理解しただけです」


「理解?」


「君は決断することを恐れているんです」とスカーンは分析した。


「決断すれば、責任が生じる。責任を取ることが怖いんです」


私は図星を突かれた。確かにその通りかもしれない。


「しかし、決断しないことも一つの決断です」とスカーンは続けた。


「そして、その責任からは逃れられません」


私は深く考え込んだ。確かにスカーンの言う通りである。


「でも、薬に頼ることが正しい決断なのでしょうか?」


「正しいかどうかはわかりません」とスカーンは答えた。


「ただ、君が自分で決めることが重要なんです」


私は複雑な心境であった。スカーンの言葉には、説教臭さと同時に、不思議な説得力がある。


そして、彼なりに私のことを心配してくれているのも事実のようである。


「まずは考えてみる」と私は答えた。


「もう十分考えたでしょう」とスカーンは苦笑いした。


「でも、まあ、君のペースで決めてください」


そう言うと、スカーンは歩き去って行った。


その背中を見ながら、私は複雑な気持ちであった。


彼の説教は厳しいが、的確でもある。そして、最終的には私の判断を尊重してくれている。


つまるところ...説教する者もされる者も、共に不幸なのである。



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