第28話:運命的出会いという茶番劇

私は実に予想外の場面に遭遇していた。


新入生の入学式である。在校生として参列していた私は、新たに魔法学院の門を叩く若者たちの晴れ姿を眺めていたのだが、そこで思いもよらぬドラマが展開されることになった。


式典は滞りなく進行していた。院長の挨拶、来賓の祝辞、新入生代表の宣誓。全て予定通りである。しかし、式の終了後に起こった出来事は、まさに異世界転生小説の典型的な展開そのものであった。


「あ!」


突然の悲鳴が石畳の広場に響いた。


振り返ると、金髪をツインテールにした美少女が、石段で盛大に転倒しようとしていた。手には入学書類と思われる書類の束を抱えており、それらが宙に舞い散ろうとしている。


私は反射的に駆け寄った。


「危ない!」


咄嗟に彼女の肩を支え、転倒を防いだ。同時に、舞い散る書類を可能な限り受け止める。我ながら素早い対応であったと思う。


「ありがとうございます!」と少女は安堵の息をついた。


そして、私の顔を見上げた瞬間、その瞳が大きく輝いた。


「キャー、素敵!」


彼女は手を胸の前で組み合わせ、まるで少女漫画のヒロインのようなポーズを取った。周囲にいた学生たちも、この光景を興味深そうに見つめている。


「あの、大丈夫ですか?」と私は尋ねた。


「はい!おかげさまで!」と少女は満面の笑みを浮かべた。


「まさに異世界転生小説の王道展開ですね!」


私は困惑した。「は?」


「運命的な出会いです!転倒した美少女を男性が助ける、まさに定番中の定番!」と彼女は興奮気味に説明した。


「私、異世界転生小説が大好きなんです。特に学院もののロマンス展開は最高ですよね!」


私は愕然とした。まさか、現実の出来事を異世界転生小説の文脈で解釈する人物に出会うとは思わなかった。


「えーと、お名前は?」と私は恐る恐る尋ねた。


「ルナ・ステラリスです!魔法理論学科の新入生です!」と彼女は元気よく答えた。


「そして、あなたが私の運命の人ですね!」


私は二度目の困惑に襲われた。「運命の人?」


「そうです!こんな劇的な出会いをする男性は、絶対に運命の相手に違いありません!」とルナは断言した。


「異世界転生小説の法則によれば、この後は恋愛フラグが立って、様々な困難を乗り越えて結ばれることになっています!」


私は頭が痛くなってきた。この少女は、現実と小説の区別がついていないのではないか。


その時、アリアが近づいてきた。


「お疲れさまでした」と彼女は私に言った。


そして、ルナを見て微妙に表情を引きつらせた。


「こちらは?」


「あ、紹介します」と私は慌てた。「新入生のルナ・ステラリスさんです。こちらは魔法理論学科二年のアリア・ルーンヒルデさんです」


「よろしくお願いします!」とルナは屈託のない笑顔でアリアに挨拶した。


「ところで、あなたも異世界転生小説はお読みになりますか?」


アリアの表情がさらに複雑になった。「え、ええ...少し」


「やっぱり!素敵な方は皆さん読んでいらっしゃるんですね!」とルナは嬉しそうに言った。


「でも、現実でこんな展開を体験できるなんて、小説以上に素晴らしいです!」


私は内心で呟いた。「現実がフィクションを模倣する時代なのか」


これまで私は、異世界転生小説を純粋にフィクションとして楽しんでいた。しかし、この現実世界(この世界にとっては現実であるが)で、その小説のパターンを現実に当てはめて解釈する人物が現れるとは。


「あの」とアリアが口を開いた。「現実と小説は別物だと思うのですが...」


「そんなことありません!」とルナは力強く否定した。


「小説は現実の可能性を描いているんです。だから、現実でも同じことが起こり得るんです!」


アリアと私は顔を見合わせた。この新入生は、相当に独特な思考回路を持っているようである。


「ところで、お二人はお付き合いされているんですか?」とルナは突然尋ねた。


「いえ、我々は学術的な友人関係で...」と私は慌てて否定した。


「なら、チャンスがありますね!」とルナは目を輝かせた。


「私、頑張ります!先輩を振り向かせるために!」


私は絶句した。この状況をどう処理すれば良いのか、全く見当がつかない。


アリアも困惑しているようで、微妙に引きつった笑顔を浮かべている。その表情は、明らかに内心の動揺を表していた。


「あの、ルナさん」と私は説明しようとした。


「現実はそんなに単純ではないと思うのですが...」


「大丈夫です!」とルナは遮った。


「異世界転生小説では、最初は男性が困惑するものなんです。でも、最終的には女性の一途な想いが通じるんです!」


私は頭を抱えた。この少女は、異世界転生小説の展開を現実に適用しようとしている。そして、その確信は揺るぎないようである。


その後、ルナは学院内の案内を求めてきた。断る理由もなく、私とアリアで案内することになった。


道中、ルナは終始興奮していた。


「素敵な建物ですね!まさに魔法学院という感じです!」


「図書館も大きくて素晴らしい!きっとここで勉強していると、運命的な出会いがあるんでしょうね!」


「あ、あそこの川は何ですか?すごく神秘的!」


魔導河を見たルナは、特に興奮していた。


「これは絶対に重要な場所ですね!小説でも、こういう美しい場所で告白シーンが描かれるんです!」


私は溜息をついた。確かに魔導河は美しい場所である。しかし、ルナの解釈は完全に小説の文脈に基づいている。


案内を終えた後、アリアと二人きりになった時、彼女は複雑な表情を見せた。


「面白い方ですね」とアリアは言った。


「面白いというより、困惑しています」と私は正直に答えた。


「あの方の中では、現実と小説の境界が曖昧になっているようです」


「でも」とアリアは続けた。「ある意味では羨ましいですね」


「羨ましい?」


「現実を小説のように楽しめるというのは、幸せなことかもしれません」


確かにその通りかもしれない。ルナは現実を小説の延長として捉えることで、日常に特別な意味を見出している。それは、私のように現実を分析的に捉える姿勢とは正反対である。


しかし、それが良いことなのかどうかは疑問である。現実と虚構の境界を曖昧にすることで、判断を誤る危険性もあるのではないか。


その夜、部屋でマルクスに今日の出来事を報告すると、彼は大笑いした。


「それは面白い!君にも春が来たということか」


「笑い事ではありません」と私は抗議した。


「あの方は明らかに現実認識に問題があります」


「君よりは健全だと思うけどね」とマルクスは言った。


「少なくとも、素直に感情を表現している」


私は反論しようとしたが、言葉が見つからなかった。確かにルナは、私のように感情を分析することなく、直接的に表現している。

それが健全なのか病的なのかは、判断が難しい。


翌日から、ルナは頻繁に私の前に現れるようになった。

授業の合間、食堂、図書館、廊下。どこにいても、彼女の明るい声が聞こえてくる。


「先輩!」


そして、毎回異世界転生小説の展開に関連づけた発言をするのである。


「今日は偶然の再会ですね!これも運命です!」


「一緒に食事をするなんて、まさにフラグ成立ですね!」


私は困惑するばかりであった。

現実がフィクションを模倣するのではなく、フィクションが現実を規定しようとしているのである。


そして、アリアの表情は日に日に複雑になっていった。

彼女の微妙に引きつった笑顔が、この状況の異常さを物語っていた。


つまるところ...現実は時として小説より奇なり、ではなく小説より陳腐なのである。



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