第28話『コンビニの更衣室、脱がされたまま』
コンビニの深夜シフトは、慣れるまでがしんどい。
22時から朝5時。
客の数は少ないが、眠気と寒さが地味に効いてくる。
そして一番気が重いのが──着替えの時間。
バックヤードの奥にある小さな更衣室。
幅90センチほどのロッカールームは、カーテンで仕切られてはいるが、
どうしても“誰かの視線”を感じることがある。
最初は、気のせいだと思っていた。
たかが気配、気温のせいだと。
でも、それが「違う」と気づいたのは、
制服に着替えている最中、ロッカーの鏡に“裸の女”が映ったときだった。
*
夜中の1時。
休憩に入り、バックヤードに向かった。
着替えようと制服のシャツに袖を通していたとき、
ロッカー横の細長い鏡に視線がふと吸い寄せられた。
鏡の中に、自分が映っている。
……その“後ろ”に、もう一人。
肩まで濡れた長い髪。
裸の女。
目だけがこちらをじっと見つめている。
慌てて振り返ったが、誰もいなかった。
カーテンは閉じたまま。
鍵もかけている。
そもそも、更衣室は私ひとりだけのはずだった。
(見間違い?……いや、でも──)
鏡にはまだ、曇った輪郭が“もう一人分”残っていた。
*
それ以来、
**制服のホックやスカートのファスナーが“勝手に外れる”**現象が起こり始めた。
レジ中、突然背中のホックがゆるむ。
ストッキングの裾がめくれている。
下着の肩紐がズレ落ちる。
客は誰も見ていない。
でも、見られている気配は強くなっていく。
あるとき、ストック棚で落とし物を探していたとき、
背後で「じょ……」と微かに水音がした。
その瞬間、制服のスカートの中に“手”が入ってきた。
冷たくて、濡れていて、
指ではなく、手首まで“ぬるり”と這い込んでくる感触。
「っ……!」
思わず立ち上がると、誰もいない。
けれど、足元には、濡れた指跡が床に浮かんでいた。
*
不安になり、古株の店長にそれとなく聞いてみた。
すると、彼はしばらく黙ったあと、こう言った。
「……あそこの更衣室、な。
昔、女子バイトの子が閉じ込められて、ひどい目に遭ったんだよ」
「犯人、バイトの男だったんだけど……
あの子、しばらく精神科入院してて、最後は電車に飛び込んだって……」
「それ以来、何人かの女の子が“勝手に脱がされた”って言って辞めてる」
(……それ、今わたしが、まさに──)
*
今ではもう、制服を着るたびに息を詰める。
ロッカーの鏡を見るのが怖い。
カーテンの隙間から、
誰かが覗いている気配が消えない。
そして、深夜3時前後になると、
どこからともなく、微かな喘ぎのような呼吸音が聞こえる。
「……ん……すごく、きれい……ね……」
勤務中、胸元がじっとりと濡れてくるときがある。
制服のホックを締め直すたび、
ふと思ってしまう。
──この服、ほんとうに“私だけが着ている”のだろうか?
【完】
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