第27話『耳を舐めるのは、恋人じゃない』

大学の後輩、ミナと付き合い始めて一ヶ月。

初めて体を重ねたのは、彼女の部屋だった。


灯りを落としたベッドで、

たどたどしい手つきで下着を外し合い、

肌が肌にふれるたび、緊張が少しずつ溶けていく。


優しく、慎重に、

それでも抑えきれない情熱でお互いを求めた。


……そして、あの瞬間。


耳を舐められた。


濡れた舌先が、

耳の裏から奥へゆっくりとなぞり込んでくるような感触。


思わず震えが走った。


全身の力が抜けて、

喉の奥から、初めて出るような声が漏れた。


(……やばい……耳、こんなに感じるんだ……)


それは快感というより、

一線を越えて“開かれてしまった”ような体験だった。



終わったあと、ベッドの上で、

ミナに聞いてみた。


「……最後のほう、耳舐めてた?」


彼女はぽかんとした顔で首を振った。


「え? 舐めてないよ?

てか、耳触ったっけ……?」


(……うそ)


あんなにリアルで、

明確に“感じてしまった”感覚が、

記憶にも指にも残っていない?


その夜は曖昧に笑って流したけれど──

それが、“始まり”だった。



その後、別の相手と関係を持ったとき。

キスをし、服を脱ぎ、

触れ合いが深くなるにつれて──


あの“耳の感触”が、またやってきた。


相手は耳に触れていない。

なのに、明確に“舌が這う”感覚が、突然よみがえる。


しかも、同じ場所、同じ舐め方、同じ濡れ方。


耳の奥がうずき、

自然と背中が反って、

意識が飛びそうになる。


相手は驚いたように笑う。


「耳弱いんだ? 触ってないのにそんな反応するんだ、変なの」


(いや、“触られてる”んだよ。今も──)


けれど、それは目には見えない、誰かの舌だった。



それからというもの、

女の体に触れるたび、

ベッドに入るたび、


**耳だけが、誰かに“専有されている”**感覚が強くなっていった。


どんなに愛しても、どんなに抱きしめても──

耳を感じさせるのは、目の前の相手じゃない。


あの夜、

“最初に自分を抱いた女”の舌が、

今もそこに貼りついている。


あの耳だけは、彼女のものになっている。


気になって、元カノの名前を思い出して検索してみた。

共通の知人をたどって、彼女の現在を探そうとした。


──彼女は、俺と別れた年の冬、事故で亡くなっていた。


原因は不明。

滑落事故とも自殺とも言われたが、確定はしていない。


ひとつだけ──

当時の遺品として、日記の一文が残されていたという。


「あの人の耳、ほんとにかわいかった。

最後にあそこ、もう一回だけ舐めたかったな」


それを読んだ瞬間、

耳の奥に、またあの舌が触れた。


ぞわりと撫でられ、

じゅるりと吸われるような錯覚に襲われた。


今ではもう、

ベッドに入らなくても、ふとした瞬間にあの感覚が戻ってくる。


右耳の内側。

誰にも触らせたくない場所。


誰かが近づくだけで、

見えない何かが、ぴたりと張りつく。


そして囁く。


「ダメだよ、そこは……わたしだけの場所なんだから」


【完】

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