第26話『そのベッド、誰と寝たの?』
新しく買ったセミダブルのベッドは、思ったより快適だった。
通販サイトの中古品コーナーで見つけた掘り出し物。
「使用期間1年未満」「目立つ汚れなし」
レビューも悪くない。
マットレス付きで格安だったのは、単純にラッキーだと思った。
最初の数日は、特に異常はなかった。
ただ──
**寝るとき、必ず“誰かが隣にいる気がする”**ようになったのは、購入から1週間ほど経った頃だった。
*
深夜。寝返りを打つと、ベッドがわずかに揺れる。
セミダブルとはいえ、俺ひとり分の重さしかないはず。
なのに、隣のスペースが微かに“沈んでいる”。
(気のせい……じゃない)
それは、ただのマットの反発でもなければ、体圧分散の錯覚でもない。
誰かが──
**女が、隣で眠っているような“重み”**だった。
*
ある朝、起きると、シーツに一本の長い髪の毛が落ちていた。
俺の髪は短い。
この部屋に女性は来ていない。
昨日シーツを替えたばかりだった。
翌朝には、汗染みのような跡がもう片側にできていた。
自分の寝汗ではない。
体の位置とは明らかにズレた場所。
そこだけ、枕も少し湿っていた。
(……ここで、誰が寝た?)
記憶を辿るほどに、わからなくなる。
ひとり暮らしのはずの部屋で、
自分以外の誰かが、**ちゃんと“横になっていた痕跡”**を残している。
それは、今も一晩おきに現れる。
髪。汗。吐息のようなにおい。
そして、たまに──耳元で寝息のような音。
「……スー……スー……」と、柔らかな呼吸がかすかに。
*
不安になり、マットレスに貼られた製造シールから販売元を調べてみた。
問い合わせたリサイクル業者の担当者が、小さな声でこう言った。
「……あのベッド、確か、回収時に“遺品”として引き取ったものだったと思います」
「部屋で、カップルの無理心中があったそうで……」
「首を吊る前に、最後に一緒に“眠ったベッド”……らしくて……
搬出したスタッフ、しばらく調子悪くなってたんですよ」
言葉が詰まる。
俺が今、毎晩眠っているその場所は──
誰かが、最後の夜を共有した場所だった。
愛を交わして。
一緒に目を閉じて。
そして、同時に“永遠に眠った”場所。
*
今では、もう慣れてしまった。
夜、布団に入ると、自然と“空いている方”に人の気配がする。
暖かいとは言えない。
でも、確かに柔らかく沈み、
髪がふわりと顔にかかる。
その重みは、静かに、隣にある。
今ではもう、俺のベッドは“ふたり寝用”になっている。
誰かを招いても、
その隣に“もうひとり”が眠っている気配が、消えない。
ときどき、うなされて目を覚ました女性がこう言う。
「……ねえ、隣に誰かいたよね……?」
俺は答えない。
だって俺は──
もう、この“ふたり分の夜”に、慣れてしまったから。
【完】
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