第26話『そのベッド、誰と寝たの?』

新しく買ったセミダブルのベッドは、思ったより快適だった。


通販サイトの中古品コーナーで見つけた掘り出し物。

「使用期間1年未満」「目立つ汚れなし」

レビューも悪くない。

マットレス付きで格安だったのは、単純にラッキーだと思った。


最初の数日は、特に異常はなかった。


ただ──

**寝るとき、必ず“誰かが隣にいる気がする”**ようになったのは、購入から1週間ほど経った頃だった。



深夜。寝返りを打つと、ベッドがわずかに揺れる。

セミダブルとはいえ、俺ひとり分の重さしかないはず。

なのに、隣のスペースが微かに“沈んでいる”。


(気のせい……じゃない)


それは、ただのマットの反発でもなければ、体圧分散の錯覚でもない。


誰かが──

**女が、隣で眠っているような“重み”**だった。



ある朝、起きると、シーツに一本の長い髪の毛が落ちていた。


俺の髪は短い。

この部屋に女性は来ていない。

昨日シーツを替えたばかりだった。


翌朝には、汗染みのような跡がもう片側にできていた。

自分の寝汗ではない。

体の位置とは明らかにズレた場所。


そこだけ、枕も少し湿っていた。


(……ここで、誰が寝た?)


記憶を辿るほどに、わからなくなる。


ひとり暮らしのはずの部屋で、

自分以外の誰かが、**ちゃんと“横になっていた痕跡”**を残している。


それは、今も一晩おきに現れる。


髪。汗。吐息のようなにおい。


そして、たまに──耳元で寝息のような音。


「……スー……スー……」と、柔らかな呼吸がかすかに。



不安になり、マットレスに貼られた製造シールから販売元を調べてみた。


問い合わせたリサイクル業者の担当者が、小さな声でこう言った。


「……あのベッド、確か、回収時に“遺品”として引き取ったものだったと思います」


「部屋で、カップルの無理心中があったそうで……」


「首を吊る前に、最後に一緒に“眠ったベッド”……らしくて……

搬出したスタッフ、しばらく調子悪くなってたんですよ」


言葉が詰まる。


俺が今、毎晩眠っているその場所は──

誰かが、最後の夜を共有した場所だった。


愛を交わして。

一緒に目を閉じて。

そして、同時に“永遠に眠った”場所。



今では、もう慣れてしまった。


夜、布団に入ると、自然と“空いている方”に人の気配がする。


暖かいとは言えない。

でも、確かに柔らかく沈み、

髪がふわりと顔にかかる。


その重みは、静かに、隣にある。


今ではもう、俺のベッドは“ふたり寝用”になっている。


誰かを招いても、

その隣に“もうひとり”が眠っている気配が、消えない。


ときどき、うなされて目を覚ました女性がこう言う。


「……ねえ、隣に誰かいたよね……?」


俺は答えない。


だって俺は──

もう、この“ふたり分の夜”に、慣れてしまったから。


【完】

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