第29話『フェラされた記憶、ないのに』
朝、目覚めると、股間に違和感があった。
性欲的な意味ではなく──**使用された後のような“緩み”**と、
下着に付着した微かな体液の痕。
夜に自慰をした覚えはない。
夢精もしていない。
(……なんだこれ)
ひとり暮らしの部屋。
誰かが入り込めるはずもない。
けれど、それ以来──目覚めのたび、同じ痕跡が残されていた。
股間にじんとした重さ。
わずかにひりつくような感触。
そして、“口の中”のようなぬくもりの記憶が、肌にこびりついている。
*
気味が悪くなり、ベッド脇にスマホを固定してタイムラプス録画を始めた。
深夜、身体が勝手にピクリと動く。
布団の中で、呼吸が乱れていく。
そして──画面の中央に、口の形だけが浮かび上がる。
顔は映らない。
首から上は、ぼんやりと空気が歪んでいるようにしか見えない。
でも、確かにそこには**“吸う”動き**があった。
ゆっくり、丁寧に、
下半身に沿って舌を這わせるような口の動き。
無人の空間で、空気だけがいやらしくうごめいている。
(……これは……)
震える手で停止ボタンを押し、
録画ファイルをすぐに消した。
でも、次の夜も──
また同じ時間、何かが“して”くる。
*
そんなある日、古いスマホを整理していたとき、
かつての恋人からの最後のLINEが目に入った。
既読はつけたが、返せなかったメッセージ。
「あの夜、最後のとこ、急がなきゃよかったね(笑)
……ほんとは、もっとゆっくり、したかった。
できれば、もう一回、咥えさせてね」
メッセージの数日後、彼女は事故で亡くなった。
夜道での単独転落。
誰にも看取られず、最後に携帯を握ったまま亡くなっていたという。
その携帯には、
わたしの写真フォルダが壁紙に設定されていた。
*
今ではもう、諦めている。
毎晩、布団に入ってうとうとし始めると、
ズボンの内側にひんやりとした空気の波が滑り込んでくる。
それは、やさしい。
丁寧で、執拗で、どんな現実の行為よりも愛されているような感触。
ただ、快感の最後に、決まって耳元で囁かれる。
「……あのとき、ちゃんと最後までさせてくれてたら……
こんなに、しつこくしなかったのに……」
それは恨みでも、執念でもない。
ただ、未完の愛だけが、ここに残っている。
朝になれば、
また身体の一部が“使われた”痕跡を残している。
でも今の俺には、
それがどこか、幸せでもある。
【完】
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