第15話『レンタルビデオには、女の指紋が残る』
週末、たまたま見つけた古いレンタルビデオ店。
駅前の再開発区域にぽつんと残された、時代に取り残されたような店構え。
そこにあった──妙な違和感のある棚。
「ADULT PRIVATE COLLECTION」と手書きされたコーナー。
埃っぽいその棚の奥、黒いケースの一本が、まるで俺を呼ぶように傾いていた。
タイトルは《LOVE SUITE 1999》。
VHSのような装丁だが、DVDだった。
背表紙のラベルには、レンタル履歴の記録がなかった。
誰にも借りられたことがない、という意味だ。
(……こんなに古いのに、初貸出?)
半ば興味本位、半ば性欲で、俺はそれを借りた。
*
部屋に戻り、プレイヤーにディスクを差し込む。
画面が立ち上がると、レトロなジャズが流れ、
画質の悪いオープニングに、淡いモザイクと喘ぎ声が混じる。
内容はごく普通の官能ビデオ──のはずだった。
だが、しばらく観ているうちに、ある“違和感”に気づく。
──女の声が近すぎる。
まるで、映像の女優ではなく、
自分の部屋の、すぐ後ろから囁いているような距離感。
「……ねえ……見てるの、わかるよ……」
(……え? セリフじゃない……)
声は画面からではなかった。
そしてその瞬間、左肩に、何かが触れた。
ゾクリと凍るような感触。
振り返っても、当然誰もいない。
だが、肩にはうっすらと指の跡が残っていた。
(……やばい……このビデオ……)
そう思った俺は、翌日すぐに店へ返却しに行った。
*
受付の老人にディスクを差し出す。
「あの、これ……《LOVE SUITE 1999》ってやつ……」
店員は一瞥してから、眉をひそめた。
「……それ、どこから持ってきたの?」
「え、そこのアダルト棚のいちばん奥に……」
「おかしいな……そのDVD、十年以上前に処分したはずなんだよ。
あの作品、事故があって……」
「事故……?」
「うちでアルバイトしてた女の子がさ。
レンタルチェックのときにそのビデオ見て、翌日……首吊ったんだ。
部屋でそのDVDを再生したまま」
「…………」
「それ以来、貸し出しリストから消して廃棄処理した。
なのに、あったのか。……勝手に戻ってきたのかな……」
店員は、ディスクを受け取ろうとしなかった。
「悪いけど、持って帰ってくれ。うちじゃ引き取れんよ」
*
仕方なく、そのディスクはまた俺の部屋に戻ってきた。
以来──
プレイヤーは、夜中になると自動で再生状態に切り替わる。
テレビはつけていない。
DVDすら、入れていないときでも──再生ランプだけが、ぽうっと灯る。
ある夜、ついに我慢できずにディスクを叩き割った。
……が、翌日、テレビ台の上に元通りのディスクが置かれていた。
それには、濡れた指で触れたような跡が残っていた。
いつの間にか──
プレイヤーの操作パネルには、知らない爪跡のような傷が増えていた。
そして今夜も、
“彼女”はどこかで、あのベッドのような空間からこちらを見つめている。
「……また、観てくれるよね……? 今度は、最後まで……」
映像が流れるたび、声がどんどん近づいてくる。
【完】
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