第15話『レンタルビデオには、女の指紋が残る』

週末、たまたま見つけた古いレンタルビデオ店。

駅前の再開発区域にぽつんと残された、時代に取り残されたような店構え。


そこにあった──妙な違和感のある棚。


「ADULT PRIVATE COLLECTION」と手書きされたコーナー。


埃っぽいその棚の奥、黒いケースの一本が、まるで俺を呼ぶように傾いていた。


タイトルは《LOVE SUITE 1999》。

VHSのような装丁だが、DVDだった。


背表紙のラベルには、レンタル履歴の記録がなかった。


誰にも借りられたことがない、という意味だ。


(……こんなに古いのに、初貸出?)


半ば興味本位、半ば性欲で、俺はそれを借りた。



部屋に戻り、プレイヤーにディスクを差し込む。


画面が立ち上がると、レトロなジャズが流れ、

画質の悪いオープニングに、淡いモザイクと喘ぎ声が混じる。


内容はごく普通の官能ビデオ──のはずだった。


だが、しばらく観ているうちに、ある“違和感”に気づく。


──女の声が近すぎる。


まるで、映像の女優ではなく、

自分の部屋の、すぐ後ろから囁いているような距離感。


「……ねえ……見てるの、わかるよ……」


(……え? セリフじゃない……)


声は画面からではなかった。


そしてその瞬間、左肩に、何かが触れた。


ゾクリと凍るような感触。

振り返っても、当然誰もいない。


だが、肩にはうっすらと指の跡が残っていた。


(……やばい……このビデオ……)


そう思った俺は、翌日すぐに店へ返却しに行った。



受付の老人にディスクを差し出す。


「あの、これ……《LOVE SUITE 1999》ってやつ……」


店員は一瞥してから、眉をひそめた。


「……それ、どこから持ってきたの?」


「え、そこのアダルト棚のいちばん奥に……」


「おかしいな……そのDVD、十年以上前に処分したはずなんだよ。

あの作品、事故があって……」


「事故……?」


「うちでアルバイトしてた女の子がさ。

レンタルチェックのときにそのビデオ見て、翌日……首吊ったんだ。

部屋でそのDVDを再生したまま」


「…………」


「それ以来、貸し出しリストから消して廃棄処理した。

なのに、あったのか。……勝手に戻ってきたのかな……」


店員は、ディスクを受け取ろうとしなかった。


「悪いけど、持って帰ってくれ。うちじゃ引き取れんよ」



仕方なく、そのディスクはまた俺の部屋に戻ってきた。


以来──


プレイヤーは、夜中になると自動で再生状態に切り替わる。


テレビはつけていない。

DVDすら、入れていないときでも──再生ランプだけが、ぽうっと灯る。


ある夜、ついに我慢できずにディスクを叩き割った。


……が、翌日、テレビ台の上に元通りのディスクが置かれていた。


それには、濡れた指で触れたような跡が残っていた。


いつの間にか──

プレイヤーの操作パネルには、知らない爪跡のような傷が増えていた。


そして今夜も、

“彼女”はどこかで、あのベッドのような空間からこちらを見つめている。


「……また、観てくれるよね……? 今度は、最後まで……」


映像が流れるたび、声がどんどん近づいてくる。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る