第10話『あの世の逢瀬は、何度でも』

「――生きたまま、死者と愛し合う方法を知りたいですか?」


ネットの深部、匿名掲示板の奥の奥で見つけたその投稿は、

明らかに胡散臭く、どこか都市伝説めいていた。


けれど、その一文が、俺の中に火を灯した。


だって、忘れられなかったから。

あの子のことを──。



葵(あおい)は、俺の幼なじみだった。


背が低くて、人見知りで、でも笑ったときにだけ、強くなる子だった。


中学まで一緒で、高校は別になって、

それでもたまに連絡をとって──そして、ある日突然、死んだ。


自転車事故だった。夜道で車に撥ねられた。

一瞬の出来事だったらしい。

救急車に乗せられても、息を吹き返すことはなかったと聞いた。


彼女の葬儀のあと、俺はしばらく世界から距離を置いた。


「もっと話しておけばよかった」

「好きって、言えたはずだったのに」


そういう、いくつもの“間に合わなかった”が、俺を食い破っていた。


そんなとき、見つけたのが──あの投稿だった。


『必要なものは三つ。

① 線香と、好物の酒。

② “ふたりで使ったことのある”寝具。

③ 深夜2時、“まだ気配が残る部屋”で、名前を呼ぶこと。』


ふざけてる。

でも、やってみたくなった。


……もし、もしも“あの子に会える”なら。



その夜、俺は実家の旧宅に戻った。


家族が今は使っていない空き家。

昔、俺と葵がよく泊まり合い、二人で寝た布団がまだ押入れに残っていた。


それを敷き、線香を焚き、彼女の好きだった梅酒をコップに注ぐ。


時刻は──午前1時58分。


呼吸が浅くなり、喉がからからに乾いてくる。


布団に座り、手を合わせ、呟くように呼ぶ。


「……葵。……来てくれ」


時計が、午前2時を指した。


その瞬間──部屋の空気が、ゆっくりと沈んだ。


温度が下がったわけではない。

どこか、空気が“ぬめり”始めたような感覚。


線香の煙が、奇妙なうねりを描く。


(……来る? 本当に?)


そのときだった。


「――久しぶり」


背後から、そう聞こえた。



振り返ると、そこに彼女がいた。


……いや、“いた”としか言えなかった。


葵と、まったく同じ顔。


髪も、制服も、事故当時のまま。

だけど、肌はほんのりと温かく、目には光が宿っている。


「……会いたかった」


彼女は、笑って、言った。


そして。


「いいよね。最後に、言わなきゃいけないこと、まだあるでしょ?」


俺は無言でうなずいた。


ふたりは、布団の上で唇を重ねた。


彼女の手は冷たくも熱くもなかった。

ただ、どこまでも“生きていた”。

体を重ねても、それが幻とは思えなかった。


葵が、俺の胸に額をあずけて囁いた。


「……こうして、またひとつになれるって、思わなかったよ」


その夜、夢のように──葵と最後まで愛し合った。



朝になっても、葵の姿はなかった。


でも、部屋の布団には、“ふたり分の寝跡”がくっきりと残っていた。


線香も、コップの酒も、手をつけたまま変わっていない。


(……夢、だったのか?)


けれど、右腕の内側に──葵が最後に触れた場所に、

小さな赤い痣が残っていた。まるで、キスマークのような。



その日から、俺は変わった。


夜になると、誰かの気配が布団にある。


姿は見えない。でも、間違いなく誰かがそこに**“先に入っている”**感覚。


寝返りを打つと、背中にぴったりと“何か”が密着する。


耳元に、吐息のような風が吹く。


「……また、したいな」


声が、葵のものと、ほんの少しだけ違ってきている。


どこか深く、艶やかで、欲の強い声。


「次が、最後の夜だよ」


葵はそう告げた。



そして──最後の儀式の夜。


あの日と同じように布団を敷き、線香を焚き、酒を注ぎ、名前を呼んだ。


今度はすぐに来た。


「来たよ、ユウくん。……これで、やっと一緒になれるね」


彼女の顔が近づく。

キスを交わしたその瞬間、背中にビリリと電流のような痛み。


気づくと、手足が動かなかった。


「……な、なんで……?」


葵が笑う。


「ううん、違うよ。

あなたが望んだんだよ。“ずっと一緒にいたい”って。

“ふたりで、もう一度”って。……だから、私が使ってあげる」


耳元で、そう囁いた。


「これで契約完了。あなたの体は、“私の新しい肉体”として、使わせてもらうね──」


それが、**本当の“逢瀬の代償”**だった。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る