第10話『あの世の逢瀬は、何度でも』
「――生きたまま、死者と愛し合う方法を知りたいですか?」
ネットの深部、匿名掲示板の奥の奥で見つけたその投稿は、
明らかに胡散臭く、どこか都市伝説めいていた。
けれど、その一文が、俺の中に火を灯した。
だって、忘れられなかったから。
あの子のことを──。
*
葵(あおい)は、俺の幼なじみだった。
背が低くて、人見知りで、でも笑ったときにだけ、強くなる子だった。
中学まで一緒で、高校は別になって、
それでもたまに連絡をとって──そして、ある日突然、死んだ。
自転車事故だった。夜道で車に撥ねられた。
一瞬の出来事だったらしい。
救急車に乗せられても、息を吹き返すことはなかったと聞いた。
彼女の葬儀のあと、俺はしばらく世界から距離を置いた。
「もっと話しておけばよかった」
「好きって、言えたはずだったのに」
そういう、いくつもの“間に合わなかった”が、俺を食い破っていた。
そんなとき、見つけたのが──あの投稿だった。
『必要なものは三つ。
① 線香と、好物の酒。
② “ふたりで使ったことのある”寝具。
③ 深夜2時、“まだ気配が残る部屋”で、名前を呼ぶこと。』
ふざけてる。
でも、やってみたくなった。
……もし、もしも“あの子に会える”なら。
*
その夜、俺は実家の旧宅に戻った。
家族が今は使っていない空き家。
昔、俺と葵がよく泊まり合い、二人で寝た布団がまだ押入れに残っていた。
それを敷き、線香を焚き、彼女の好きだった梅酒をコップに注ぐ。
時刻は──午前1時58分。
呼吸が浅くなり、喉がからからに乾いてくる。
布団に座り、手を合わせ、呟くように呼ぶ。
「……葵。……来てくれ」
時計が、午前2時を指した。
その瞬間──部屋の空気が、ゆっくりと沈んだ。
温度が下がったわけではない。
どこか、空気が“ぬめり”始めたような感覚。
線香の煙が、奇妙なうねりを描く。
(……来る? 本当に?)
そのときだった。
「――久しぶり」
背後から、そう聞こえた。
*
振り返ると、そこに彼女がいた。
……いや、“いた”としか言えなかった。
葵と、まったく同じ顔。
髪も、制服も、事故当時のまま。
だけど、肌はほんのりと温かく、目には光が宿っている。
「……会いたかった」
彼女は、笑って、言った。
そして。
「いいよね。最後に、言わなきゃいけないこと、まだあるでしょ?」
俺は無言でうなずいた。
ふたりは、布団の上で唇を重ねた。
彼女の手は冷たくも熱くもなかった。
ただ、どこまでも“生きていた”。
体を重ねても、それが幻とは思えなかった。
葵が、俺の胸に額をあずけて囁いた。
「……こうして、またひとつになれるって、思わなかったよ」
その夜、夢のように──葵と最後まで愛し合った。
*
朝になっても、葵の姿はなかった。
でも、部屋の布団には、“ふたり分の寝跡”がくっきりと残っていた。
線香も、コップの酒も、手をつけたまま変わっていない。
(……夢、だったのか?)
けれど、右腕の内側に──葵が最後に触れた場所に、
小さな赤い痣が残っていた。まるで、キスマークのような。
*
その日から、俺は変わった。
夜になると、誰かの気配が布団にある。
姿は見えない。でも、間違いなく誰かがそこに**“先に入っている”**感覚。
寝返りを打つと、背中にぴったりと“何か”が密着する。
耳元に、吐息のような風が吹く。
「……また、したいな」
声が、葵のものと、ほんの少しだけ違ってきている。
どこか深く、艶やかで、欲の強い声。
「次が、最後の夜だよ」
葵はそう告げた。
*
そして──最後の儀式の夜。
あの日と同じように布団を敷き、線香を焚き、酒を注ぎ、名前を呼んだ。
今度はすぐに来た。
「来たよ、ユウくん。……これで、やっと一緒になれるね」
彼女の顔が近づく。
キスを交わしたその瞬間、背中にビリリと電流のような痛み。
気づくと、手足が動かなかった。
「……な、なんで……?」
葵が笑う。
「ううん、違うよ。
あなたが望んだんだよ。“ずっと一緒にいたい”って。
“ふたりで、もう一度”って。……だから、私が使ってあげる」
耳元で、そう囁いた。
「これで契約完了。あなたの体は、“私の新しい肉体”として、使わせてもらうね──」
それが、**本当の“逢瀬の代償”**だった。
【完】
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