第46話 【side彩香】いいところノート

 代休明けの夜。自分の机の上に、薄いノートを一冊置いた。

 表紙には小さなシールを二つ。星のかたち。右上のは昨日、駅前の雑貨屋で買ったばかりのもの。


 ノートの最初のページに、ゆっくりと書き出す。


いいところノート

——花宮裕樹くんの、好きになった“理由”を、忘れないように。


 “好きになった”と書いた瞬間、胸の奥がこそばゆくなる。まだ本人には言っていない。けど、私の中では、もうとっくに決まっていることだから。


 ペン先が紙をすべる音を聞きながら、文化祭の二日間を逆再生する。


 一、約束を「行動」で守ろうとするところ。

 ——舞台裏で走り回って、電池を替えてくれた。あの時の親指のサイン、忘れない。

 二、道具や仕事に触れる手つきが、やさしいところ。

 ——ロープの結び目、杯の小道具、写真……全部、大切に扱う。人も、同じ。

 三、困っている人を見つけた時、ためらわずに動けるところ。

 ——スタンプラリーで迷子の子を見つけた時、最短ルートで放送室へ。私、ついていくだけでよかった。

 四、弱さを“隠す”だけじゃなく、認められるところ。

 ——「止まる」と言えた。保健室で私の手を握ってくれた。頼られるの、うれしかった。

 五、冗談に逃げすぎないところ。

 ——「晴れさせる」とか言って、結局、約束をちゃんと形にしてくれる。口だけじゃない。


 五つ目を書き終えて、ペンを置く。ページの端に、星形の小さな付箋を貼った。そこだけ光って見える。


(“いいところ”、きっとまだある。これから増える。増やしていきたい)


 ノートを閉じかけて、ふと思い直す。

 このままだと、ただの“観察記録”だ。私が本当に伝えたいのは、報告じゃなくて、告白だ。


 引き出しから、もう一冊、薄いメモ帳を出す。

 表紙に「ことばの練習」と書く。恥ずかしいけれど、練習しないと、きっと私は当日、言葉を落とす。


①「裕樹くんの、そういうところが——好きです」

②「私、裕樹くんの“いいところ”をたくさん知ってます。だから、好きになりました」

③(言えたらすごいけど)「世界でいちばん、安心する人です」


 声に出してみる。

 ①は素直でまっすぐ。②は私らしい気がする。③は……多分、顔が真っ赤になって、倒れる。


(②、かな)


 最後にもう一行、鉛筆で薄く書く。


——言う場所:雨の日の帰り道。屋根のあるところ。横に並んで歩ける道。

合図:私のカードケースの星を指で押さえたら、始める。


 雨。

 週末、天気予報に小さな雨マーク。私たちの「星ふたつ券」の一枚を使う日。

 あの“雨”の中なら、胸の音も、少しだけ隠せる気がする。


 机の端には、昨日こっそり買った材料。細い紺色のリボン、小さな金の星のチャーム、透明のラミネートフィルム。

 図書室で本を借りる人に似合いそうな、細い栞を作りたかった。


 ラミネートの細長い帯に、薄い紙を重ねて、角を丸く切る。

 星のチャームを結ぶ位置を少しだけ迷って、ページからちょっとだけのぞく長さに決める。

 リボンの先に小さな結び目。ほどけにくく、でも可愛い。


(“星ひとつ分の内緒”はこの栞にした。

 “もうひとつ分”は——ノートの、このページ)


 「いいところノート」の一番後ろに、封筒を貼る。

 封筒の口には、星のシールをひとつ。中には、さっきの“ことばの練習”の②を清書した紙を、そっと入れる。

 今は渡さない。週末まで、ちゃんと持っていく。


 ペンを置いたとき、スマホが震えた。小桜から。


『練習してる?(発声じゃなくて“気持ち”のほう)』


 さすが小桜、見透かされてる。

 『練習してる。②のやつ』と返すと、すぐ既読。返ってきたのは、短いアドバイス。


『“具体→結論”で言う。

 (例)電池替えてくれた時うれしかった→だから好き。

 あと、今のことばで』


 “今”。

 胸の中で反芻する。

 未来の約束も、過去の思い出も大事だけど、当日に言うのは、ちゃんと“今”で。


『了解。ありがと』

『がんばれ。倒れそうになったら、深呼吸→合図の星』


 合図の星。

 カードケースの、インスタント写真の隣に入れている、小さな星のカード。

 指で押さえる練習を、そっとしてみる。押さえるたび、心臓の音が自分に戻ってくる。


 窓の外で、雲がゆっくり動く。

 明日の放課後は図書室。栞を渡す。

 週末は雨。ノートの最後のページを、二人で埋める準備。


 ページの余白に、もう一つだけ書き足す。


おまけ

・彼の“よかったところ”が増えた日は、星の付箋を一枚。

・自分がちゃんと「ありがとう」を言えた日は、三角の付箋。

(“好き”は、ありがとうの先にいる)


 ノートを閉じる。

 部屋の空気が、少しだけ軽くなる。

 ベッドに倒れ込む前に、鏡の前で短く練習する。声は小さく、けれど、はっきりと。


「——私、裕樹くんの“いいところ”をたくさん知ってます。だから、好きになりました」


 息を吐いて、笑ってしまう。

 うまく言えたかどうかはわからない。でも、今の私の言葉だ。


 机の上の栞は、星のチャームを小さく揺らしている。

 ノートの封筒の星は、まだ静かだ。

 この小さな二つの星を、週末に連れていく。それが、私の“準備”。


 おやすみ、と声に出して、部屋の灯りを落とす。

 胸の中の星は、目を閉じても消えない。

 明日の図書室で、最初の星を渡す。

 その次の雨で、最後の一行を——いっしょに。

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