第25話 【side彩香】声にならない気持ち

気づかれないように、ちらりとだけ見た。


 教室の隅。裕樹くんは、藤崎さんと並んで、何か話していた。文化祭の実行委員だって、聞いた。放課後の打ち合わせだって、必要だってことも、ちゃんとわかってる。


 でも、それでも。


 距離が近すぎるように見えた。話している顔が、少し楽しそうに見えた。


 心臓がきゅっと苦しくなった。


 私は、なにをしてるんだろう。


 ノートを抱えたまま、足が動かなくなる。


 ……これ以上、見ていたらダメだ。そう思って、来た道をそっと戻った。


 *


 そのまま、まっすぐ帰った。


 図書室には、行かなかった。行けなかった。


 だって、もしそこにいたら。もし、彼があとから来て、隣に座ってくれて、いつものように笑ってくれたら。


 私は、きっと、なにも言えない。


 今日、ずっと変な態度をとってしまった。目を合わせなかったし、素っ気ない返事ばかりだった。


 本当は、話したかった。


 本当は、いつもみたいに、くだらない話で笑いたかった。


 ……でも、できなかった。


 私なんかより、もっと話しやすくて、明るくて、しっかりしてる人と、一緒にいるところを見てしまったから。


「……私、最低だな」


 自分の部屋のベッドに寝転がって、天井を見つめる。


 嫉妬なんて、するつもりじゃないのに。


 彼に迷惑をかけたくなかったのに。笑っていてほしいだけなのに。


 私が勝手に傷ついて、勝手に冷たくして、勝手に自己嫌悪してる。


 全部、私が悪いのに。


 *


 スマホを手に取って、何度もLINEの画面を開いた。


 「ごめんね」って、送ろうかと思った。


 でも、“なに”を謝ればいいのか、わからなかった。


 私は、ただのクラスメイトなのに。


 こんなふうに、勝手に期待して、勝手に落ち込んで、勝手に苦しくなって。


 何様なんだろう、私。


 彼は、なにも悪くないのに。


「……会いたいな」


 ぽつりと、声に出してしまった。


 たったひとつ、イヤホンを分け合っただけで、こんなにも心が浮かれていたなんて。


 恥ずかしくて、情けなくて、胸が痛くなる。


 あの日の帰り道。勇気を出して話しかけたときのことを、何度も思い出してしまう。


 彼が笑ってくれたこと。


 私の言葉に、ちゃんと耳を傾けてくれたこと。


 それが嬉しくて、あの時間が宝物みたいで……だからこそ、余計に、今がつらい。


 “特別”だと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。


 でも、それでも。


 また、隣で笑ってほしいと思ってしまう自分が、どうしようもなく嫌いだった。


夜になっても、眠れなかった。


 ベッドの中で、何度も寝返りを打つ。目を閉じても、瞼の裏に浮かんでくるのは、裕樹くんの顔。藤崎さんと並んで話す姿。黒板の前で笑っていた表情。


 どうして、そんなふうに覚えているんだろう。思い出すたびに、胸がざわつく。


 “嫌い”なわけじゃない。むしろ、逆。


 “信じていたい”って、そう思っていたのに。


 信じたい気持ちと、疑ってしまう心が、交互に押し寄せてきて、苦しい。


「……私なんか、見てないのかな」


 そんなふうに思ってしまった瞬間、自分の声があまりに情けなくて、思わず枕に顔をうずめた。


 変わりたかった。もっと、ちゃんと話せるようになりたかった。


 でも――うまくいかない。


 心の中では、伝えたい言葉があふれてるのに、いざ目の前にすると、言えない。


 “藤崎さんと、仲良くしてるの、ちょっと嫌だった”なんて――


 そんなこと、言えるわけがない。


 自分勝手すぎる。


 私なんて、完璧でもなんでもない。ただの、臆病で、ずるい人間だ。


 頭の中で、あの人の声を思い出す。「すごく楽しい」って、図書室で笑ってくれたときの声。それだけで、心が温かくなったのに。


 それなのに、自分の中に生まれた黒い感情に気づいた瞬間、その笑顔さえ曇って見えてしまった。


 そんな自分が、どうしようもなく嫌だった。


 *


 次の日の朝。


 鏡の前で制服の襟を整えながら、深く息を吸い込む。


 「大丈夫、笑える。ちゃんと笑える」


 小さく自分に言い聞かせるように呟く。


 冷たくしてしまった昨日のこと。今さら、何事もなかったみたいに振る舞うなんて、きっと都合が良すぎる。


 でも、それでも。


 「普通に、接しよう。……ちゃんと、前みたいに」


 それが、たとえ自分のわがままでも。


 彼が戸惑ってしまっても。


 それでも、また――隣で、笑っていたい。


 このまま、何も言えずに距離ができてしまうのが、一番怖かった。


 嫌われたくない。


 ただ、それだけだった。


 *


 学校に着いて、教室のドアを開けた瞬間。いつもの風景が目に入る。


 席に座って、ノートを広げる。


 横を見ると、彼がいる。


 ……けれど、その横顔は、どこか遠くに感じた。


 私の気持ちなんて、何ひとつ届いていないんだろうな、って思った。


 だけど、届かなくて当然だ。


 私が、自分の感情から逃げてばかりいたから。


 伝える勇気もないまま、何となく近くにいて、それだけで安心して。


 でも、それじゃダメなんだ。


 昨日、LINEを送ろうか迷っている自分がいた。でも、送らなかった。どうせ既読がついても、気を遣わせるだけだって思ったから。


 本当は、もっと素直になりたかったのに。


 「……ごめんね」


 誰にも聞こえないように、小さく呟いた。


 隣の彼は、もちろん何も反応しなかったけれど――


 その背中を、そっと見つめながら、私は少しだけ覚悟を決めた。


 次は、ちゃんと話そう。


 言葉にできなくても、せめて、笑顔で。


 この距離を、壊さないために。


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あとがき

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