第18話 広がる噂、縮まる距離
昼休み、いつものように教室の隅で弁当を広げていたら、隣の席からじっとした視線を感じた。
「なに、奏斗」
「いやさ……噂で聞いてるけどさ、白雪さんと仲良くなりすぎじゃね?」
開口一番、やっぱそれか。
「別に普通だろ。打ち上げの店、いっしょに見に行っただけだし」
「その“だけ”が問題なんだよ。“白雪彩香とふたりきりで出かけた”って、他の奴が言ったら完全に盛ってるレベルだからな?」
「……誰が言ってたんだよ、それ」
「小桜」
横から現れたのは、言わずと知れたクラスのムードメーカー、小桜咲。
「うちのクラスのLINE、ちょっとした騒ぎになってたよ。『まさかあの白雪さんと!?』『打ち上げの下見って建前で実はデートだった説』とか」
「やめろ。事実と妄想が混ざってるから」
「ていうか、アンタさ」
小桜が腕を組んで、じろりと睨む。
「いつから“彩香”呼びしてんの?」
「……あ、あー、いや、それは、その、成り行きで……」
「わー、成り行きで名前呼び捨てにしちゃうタイプの人間だったー!」
「はいはい、おめでとう。彼女持ちデビューおめでとう!」
「いや、だから付き合ってないってば!」
完全に弄られてる。完全に悪ノリだ。でも、否定すればするほど深みにハマるやつだこれ。
「べっつに、私は応援してるけどね」
小桜がニヤッと笑う。
「白雪さん、裕樹のこと、すっごく見てるし。もうちょっと押せばいけるんじゃない?」
「……そう簡単に言うなよ」
「ま、からかっただけだから。ごちそうさま、ラブコメ主人公くん」
小桜がウインクして去っていくと、奏斗がぽんと俺の肩を叩いた。
「まあ、あいつの言うとおりだな。おまえ、あと一押しだぞ」
(あと一押し、か……)
俺は苦笑しながら、未だに冷めない弁当を口に運んだ。
***
放課後。教室を出たところで、偶然彩香とばったり出くわした。
「――あっ、裕樹くん!」
「よう。なんか急いでた?」
「ち、ちがうよっ。ちょっと忘れ物しちゃって……」
「また?」
「い、今度はちゃんと取りに戻っただけだから……っ!」
顔を真っ赤にして抗弁してくるあたり、ほんとにポンコツだな、と思ってしまう。
「で、帰りもこのまま駅まで?」
「うん……いっしょに、歩いてもいい?」
「もちろん」
並んで歩き始める。話すことは特にないけど、不思議と気まずさはなかった。
「……ね、裕樹くん」
「ん?」
「さっき、咲ちゃんに、ちょっとだけからかわれたんだ。“花宮くんと付き合ってるの?”って」
「……そっちもか。俺も奏斗と小桜にいじられた」
「やっぱり……でも」
彩香が、ふっと笑う。
「なんかちょっと、嬉しかった」
「からかわれて?」
「ううん……そう見えるくらい、近くにいられることが」
その言葉に、胸の奥が一瞬だけ熱くなる。
俺は、彼女の横顔をちらりと見て、少しだけ視線を逸らした。
「……俺も、まあ、悪くないと思ってるよ」
「え?」
「いや、ほら……クラスで浮いたりしたら嫌だけど。彩香と一緒にいる時間、俺はけっこう好きだし」
「~~っ! い、いきなりそういうこと言わないでよぅ!」
顔を真っ赤にしてうつむいた彩香。その肩が、ちょっとだけ俺の腕に触れる。
「この前の下見、ありがとね」
「別に。俺も楽しかったし」
「……えへへ、実はね。私、また行きたいなって、ちょっと思ってた」
「ん? どこに?」
「べ、別にどこでもいいんだけど! その……ふたりで、またどっかに」
頬を赤らめながら視線を逸らす彼女の姿に、俺の鼓動がわずかに跳ねた。
「そうだな。今度はちゃんと遊びに行こうか。下見じゃなくてさ」
「ほんとにっ?」
「ほんと」
嬉しそうに顔を輝かせる彩香。
その笑顔を見るたびに、俺の中の“迷い”が少しずつ消えていく気がした。
「……あ、でも次は転ばないようにしてな。あの椅子事件、まだ忘れてないから」
「うぅ……ば、ばかにしてるでしょ……!」
「してないしてない。あれは“個性”だ」
「ぜんっぜんフォローになってないよぅ……!」
拗ねたように口を尖らせながら、それでも彩香は楽しそうに笑っていた。
駅までの道のりはあっという間で。
改札前で足を止めたとき、少しだけ、別れが惜しくなった。
「じゃあ、またLINEするから」
「うんっ。楽しみにしてるね」
***
帰宅後、制服のままベッドに倒れ込み、スマホを開く。
そこには、前撮った打ち上げ用の写真の候補がいくつか並んでいて。
その中に、一枚だけ――
俺の隣で、少し照れたように笑う彩香の横顔が写っていた。
その一枚を、俺は無意識に“お気に入り”にしていた。
(また、あいつと――)
スマホを胸に乗せて、俺は目を閉じる。
それは、静かだけど確かな、“願い”だった。
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