第7話 勘違いラブコメ発生中

昼休みの教室は、騒がしいけれどどこか和やかだ。

俺は、教室の隅で自分の弁当を広げながら、斜め向かいの席をちらりと見やった。


白雪彩香。峰ヶ崎高校が誇る完璧美少女。

黒髪ロングの清楚な雰囲気に、成績トップ。性格も優しくて、まさに非の打ち所がない。


――が、俺の前ではとんでもないポンコツになる。


昨日も、図書室で本の山を雪崩のように崩してた。

しかもそのあと、「拾ってくれてありがと……」と消え入りそうな声で言われたら、こっちの胸がやられるっつーの。


(……やばいな、最近、あいつのことで頭がいっぱいだ)


弁当のミートボールを噛みながら、ふと考える。


ポンコツなところを見るたびに、目が離せなくなる。

そして、それを隠さず俺にだけ見せてくれるのが、ちょっと――いや、かなり嬉しい。


そんなことを考えていたら、後ろの席からぬっと顔を出してきた男がいた。


「でさでさ、裕樹、ついに白雪さんと図書室デートですか?」


「……奏斗。お前、どこでそんな話を」


「昨日、図書室の前を通ったら、すっごい音したから。で、覗いてみたら、お前と白雪さんが二人で本片づけててさ~。これはもうアレでしょ、甘酸っぱい展開中でしょ?」


「いやいやいや、全然違うから」


「ほほーう。じゃあ“たまたま”二人っきりだった、と?」


「そうだよ」


「しかも、白雪さんめちゃくちゃ顔赤くしてたらしいじゃん。話題になってたぜ。『あの完璧白雪が、花宮にデレてた』って」


「……は?」


俺は箸を止めた。


「だって、白雪さんって普段クールだし。そんな子が、顔真っ赤にしてドジってるの見たら、誰だって『あれ、惚れてる?』ってなるわけよ」


「おい、やめろって。そういう噂は困る」


「もう広まってる」


「おい」


「しかも、今朝なんて小桜にまで聞かれたしな~。『最近、白雪さんと仲良いけど……なんかあったの?』って」


「……小桜にもか」


「おう。で、俺は言ってやったよ。“愛だ”って」


「やめろォォ!!」


俺は思わず机をバンと叩いた。教室の数人がこちらをちらっと見る。

その中には、もちろん白雪さんもいて――


「ひゃっ……!?」


目が合った瞬間、彼女はびくっとして、自分の席で弁当の箸を取り落とした。


(……まさか、聞こえてた?)


こっちを見つめたまま、顔をじわじわと赤く染めていく白雪。

そして次の瞬間、弁当を置いたまま、席を立って教室から走り出していった。


「ちょ、おい!? なにやってんの、俺!」


「……デート断られたんか?」


「うるさい! マジで余計なこと言いやがって!」


* * *


放課後。


俺は校舎裏のベンチにいた。白雪さんの姿を探して歩き回って、ようやくここで見つけた。


ベンチに座りながら、カバンを膝に抱えて、じっと空を見上げている。


「……白雪さん」


呼びかけると、白雪さんはびくっとして振り返った。


「は、花宮くん……」


「探したよ。急にいなくなるから」


「ご、ごめん……なんか、ちょっと……いたたまれなくなって……」


「……さっきの、聞こえてた?」


白雪さんは、こくんと頷いた。


「うん。全部じゃないけど……奏斗くんの“愛だ”ってやつ……」


うわぁ……俺の人生終了。


「ほんとに、ごめん。あれ、全部冗談でさ。誤解だらけで、俺は別に――」


「……別に?」


彼女は、静かに言葉を繰り返した。


「……“別に”、なんだ?」


その問いに、言葉が詰まる。


(いや、ほんとは“別に”なんかじゃないんだけど)


俺は、言葉を探しながら、彼女の目を見た。

黒目がちなその瞳は、どこまでもまっすぐで、少しだけ不安げで――けれど、俺を映してくれていた。


「……本当は、ちょっとだけ、嬉しかった」


「え?」


「その、噂になったこと……じゃなくて。花宮くんが……“私のことを、そんなふうに見てくれてたのかな”って、思って」


「……俺は、ただ」


途中で言葉が止まる。


“ただ”、何だ? 慰めたかった? 否定したかった?

いや違う。


「……白雪さんが俺の前でだけ、ちょっとポンコツになるのってさ」


「……うん」


「それ、俺だけが知ってるって、思うとさ。ちょっと……特別、みたいで」


「特別……」


「勝手に、嬉しかった。なんか、ドキドキしたりして……」


そう言うと、彼女は少しだけ、目を細めて笑った。


「じゃあ、私も“勝手に”喜んでて、いいのかな」


「……うん。いいと思う」


その瞬間、二人の間にふわっと風が吹いた。

夕陽が校舎のガラスに反射して、どこかドラマチックな色をつけていた。


「……ねえ、花宮くん」


「ん?」


「“勘違い”って、どっちが先なんだろうね」


「どういう意味?」


「誰かを好きって思って、それがただの勘違いだったのか――それとも、最初は勘違いだったけど、気づいたら本当になってたのか」


それはきっと、誰もすぐには答えを出せない問い。

でも、その答えは、これからの時間がきっと教えてくれる。


俺たちは、少しだけ顔を見合わせて――笑った。


そしてきっと、誰もいない校舎裏の空間で生まれた“勘違い”が、少しずつ“本物”になっていく。


それが、この恋のはじまりなんだと――そんな気がした。

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