第2話 【side彩香】脳内反省会、開催中!

……ああ、またやっちゃった。


私、白雪彩香は、今――

自分の布団の中で、枕を抱きしめながらジタバタしている。


「うあああああああああっ……!!」


叫び声は小声。

さすがにご近所迷惑になったら完璧じゃない。


いや、もう完璧じゃないどころか――大失敗だ。

あれは、今日の掃除当番のこと。


バケツ。

水。

すべって、転んで、教室中びしゃびしゃ。


「……しかも、裕樹くんの前で……」


そう。

なんで、なんでよりにもよってあの人の前で……!!


私、文武両道を自負している。

成績は学年一位、部活は文芸部。

服装も言葉遣いも、きちんと「白雪彩香」であるように、毎日心がけてる。


なのに。


「裕樹くんの前だと、なんでこうも……ポンコツになるの!?!?」


私は立ち上がり、床を2回踏みならし、再び布団にダイブした。


……深呼吸。反省会を始めよう。


【脳内反省会・本日のお題】

『なぜ私は花宮裕樹の前でだけ、ポンコツになるのか』


司会:私(泣)

意見者①:完璧モードの白雪彩香(理性担当)

意見者②:乙女モードの白雪彩香(恋愛感情担当)

意見者③:ポンコツモードの白雪彩香(現場犯)


理性担当「まずは落ち着きましょう。今日の失敗、分析します」


恋愛担当「落ち着けるわけないでしょ!?裕樹くんに見られたのよ!?」


ポンコツ担当「つ、つるって滑ってぇ……お水がぁ……」


恋愛担当「しかもバケツぶちまけたあと、“だいじょば……じゃないかも”って何!? なんで噛むの!?」

ポンコツ担当「ご、ごめんなさい……」


理性担当「過去3週間の行動データから言えば、裕樹くんの前での失敗率、実に87%。高すぎます」


恋愛担当「つまりそれって……」


理性担当「花宮裕樹を意識しすぎている、ということです」


恋愛担当「ぎゃあああああああああ!!」


ポンコツ担当「うええええん……」


……はい。

なんとなくわかってた。

うすうす気づいてた。


でも認めたくなかった。

だって私が、私だけは、「白雪彩香」というブランドを守らなきゃいけないと思ってたから。


でもね。


「裕樹くん、かっこいいんだもん……」


声に出してみた。


……めっちゃ恥ずかしい。


でも、否定できない。

中学の頃、隣のクラスだったとき。

ひとりで泣いてる子に、さりげなくハンカチを差し出して、何も言わずに去っていったあの背中。


誰も見てなかったのに。

彼はそれを、当然のようにやってのけた。


そういうとこ、ずるいよ。

一目惚れ、なんていうとちょっと軽く聞こえるけど、

多分あれが、始まりだった。


私はそれ以来、頑張った。


勉強も、挨拶も、料理も――全部「完璧」であれるように。

だって、完璧じゃないと、彼に振り向いてもらえないと思ったから。


……なのに。


「なんで、好きな人の前でだけ、ダメになるの……」


放課後。

水のこぼれた床、日直日誌のページ、冷たい雑巾――ぜんぶ置いてきた。


「私、先行ってるねっ!」って言って、逃げるように廊下を走った。


心臓がバクバク鳴って、脚が思うように動かなくて、でも止まれなくて。

まるで体育の授業みたいに息が上がってた。


誰も見てないのに。

どうしてだろう、涙がにじみそうになって――


(……呆れた顔、してたかな)


その一瞬が、何度も何度も頭の中で再生される。


裕樹くんが、私を見たときの、あの目。

ちょっと驚いて、でも、少しだけ笑ってた……気がする。


怒ってなかった。

でも――どうだったんだろう。


嫌われてなければいい。

呆れてなければいい。

そう願って、私はその場から逃げてしまった。


逃げたあと、後悔して、でも戻れなくて、心の中でぐるぐるしてる。

……これが“好き”ってことなんだろうか。


いや、まだ認めない。

もう少しだけ、秘密にさせて。

完璧な白雪彩香でいられる、残り少ない時間の中で――


「……明日は、絶対ポンコツにならないって誓う……!」


私は決意しながら布団に潜り込む。


……が。


その決意は、翌日まで持たなかった。


だって私、配るプリントの順番――間違えて、二周配っちゃったんだもん。


それに気づいたとき、裕樹くんが笑いをこらえながら「ありがとう、二枚目ね」って言ったの。


……やっぱりダメかもしれない。


(……ほんと、最低)


誰よりも“完璧”に見られたくて、

誰よりも“ちゃんと”しようとして、

それなのに、好きな人の前でだけ、

どうしてもダメになる。


本当の私は、こんなふうに毎日ぐちゃぐちゃで。

足がもつれて転んで、プリントをばら撒いて、言いたいことも噛んで、

挙げ句の果てには、逃げ出す。


完璧じゃない、なんてレベルじゃない。

“完敗”だ。


(でも――)


もし、もしも。

あの笑ってくれた顔が、“嫌な笑い”じゃなくて。

ちょっとでも、少しでも――可笑しくて、優しくて、許してくれる笑いだったとしたら。


それだけで、私はもう、また明日も頑張れるんだと思う。


(……裕樹くんの前だけ、ダメな私)


認めたくないけど。

誰にも見せたくないけど。

だけど、それを知ってるのが――彼だけだっていうことが、

ほんの少し、うれしかったりもするんだ。


……やっぱり、恋かもしれない。


でも、まだ言わない。

誰にも。

もちろん、裕樹くんにも。

この気持ちは、まだ“秘密”のまま。


私が完璧でいようと足掻く、その最後のひとかけらとして――

この恋心だけは、誰にも見せずに抱きしめておくんだ。


ポンコツで、情けなくて、でもちょっとだけ幸せな、私だけの恋を。

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