第19話:怪物たちの祝福
私の恍惚とした時間は、梶原の怒声によって引き裂かれた。
「何ぼさっとしてやがる! 救急車だ! いや、待て、配信を切るな! 回し続けろ!」
現場は混沌の極みにあった。
対戦相手の男は、スタッフに取り押さえられながら「俺は知らねえ!」「殺すつもりはなかった!」と見苦しい言い訳を叫んでいる。
私は、梶原の指示に従うでもなく、ただ呆然とリングを見つめていた。
凛火が、血の海の中で、ぴくりと指先を動かした。
「……し…な…」
インカムが拾った、か細い声。
その声に、私の思考は再び現実へと引き戻される。
そうだ。凛火が。凛火を、助けないと。
「しっかりして、凛火!」
私はガラス張りのブースを飛び出し、リングへと駆け寄った。冷たい金網に手をかけ、固く閉ざされた扉を揺する。
「開けろ! ここを開けろ!」
スタッフに叫ぶが、誰も動かない。彼らは、鬼気迫る形相でモニターを見つめる梶原を、恐れるように見ているだけだ。梶原は、エラーを起こして明滅を繰り返す投げ銭カウンターを、恍惚とした表情で指差した。
「見ろ…数字が壊れてやがる…美しい…。これが、新しい時代の神だ…」
その呟きは、もはや私の耳には届いていなかった。
金網の向こう側で、凛火が私を見ている。その瞳には、もう何の光も宿っていなかった。
「凛火…」
私がその名を呼んだ瞬間、凛火の瞳から、一筋、赤い涙がこぼれ落ちた。
その、あまりに美しく、冒涜的な光景に、私は心を奪われた。
金網を握りしめる私の指が、わななく。恐怖か、罪悪感か、それとも歓喜か。
いや、そのどれでもない。
それは、自らが産み落とした完璧な芸術品を前にした、創造主の打ち震えだった。
「……行こう」
私は、金網越しに、凛火に向かって手を伸ばした。
私たちは、ここから逃げるのだ。
そして、また、新しいステージを始めるのだ。
この世界の誰にも邪魔されない、二人だけの、血塗れのステージを。
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