第44話『不器用な仲直り』

俺とピムの冷戦は、三日目に突入していた。

リビングの空気は、もはや凍り付いていると言っても過言ではなかった。家庭教師たちも、俺たちの異常な雰囲気に気づき、どこかやりにくそうに授業を進めている。

このままでは、受験はおろか、日常生活にまで支障をきたす。頭では分かっているのに、どうしても、素直になれない自分がいた。


そんな状況を見かねて、ついに助け舟を出してくれたのは、母ノイだった。


その日の午後のおやつの時間。

母は、俺とピムの間に、一つの大きなお皿を置いた。

そこに乗っていたのは、マンゴーともち米を甘いココナッツミルクで和えた、タイの伝統的なお菓子「カオニャオ・マムアン」。俺も、そしてピムも、子供の頃から大好きなお菓子だった。


「二人とも、少し休憩なさい。甘いものを食べれば、少しは気持ちも落ち着くでしょう」

母は、そう言うと、優しく微笑んだ。

その笑顔には、「いつまでも意地を張っていないで、早く仲直りなさい」という、母親としての、穏やかだが、有無を言わせぬメッセージが込められていた。


俺もピムも、何も言えずに、黙ってスプーンを手に取った。

同じ皿から、同じお菓子を食べる。

ただそれだけのことなのに、ひどく気まずい。


先に口を開いたのは、俺だった。

きっかけが、欲しかった。


「……うまいな、これ」

我ながら、あまりに素っ気ない、気の利かない一言だった。


すると、ピムが、俯いたまま、小さな声で呟いた。

「……当たり前でしょ。お母様が作るカオニャオ・マムアンは、世界一なんだから」


その言葉には、いつものような棘はなかった。

ただ、子供のような、素直な響きがあった。


「……そうだな」

俺も、そう答えるのが精一杯だった。


しばらく、二人で黙々とお菓子を食べ進める。

甘いマンゴーの香りと、ココナッツミルクの優しい味が、俺たちのささくれだった心を、少しずつ、解きほぐしていくようだった。


皿の上が、綺麗に空になった時。

ピムが、ぽつりと言った。

「……ごめんなさい」


俺は、少し驚いて、彼女の顔を見た。

彼女は、まだ俯いたまま、顔を上げようとしない。


「俺も、言いすぎた。ごめんなさい」

俺も、素直に謝ることができた。


「……ううん。私こそ」

彼女の声は、まだ少し、震えていた。


どちらからともなく、顔を見合わせる。

そして、ふっと、笑みがこぼれた。

どちらも、ひどく不器用で、子供じみた仲直りの仕方だった。


だが、その瞬間、俺たちの間にあった氷の壁は、完全に溶けてなくなっていた。

むしろ、一度本気でぶつかり合ったことで、以前よりも、もっと深いところで、お互いを理解し合えたような、そんな気さえした。


「さあ、勉強の続きをしましょうか」

母が、満足そうな顔で、空になった皿を下げていく。


「ええ!」

「うん」


俺とピムは、まるで示し合わせたかのように、同時に返事をした。

その声は、数日前とは比べ物にならないくらい、明るく、そして力強かった。


嵐が過ぎ去った後の空のように、俺たちの心は、すっきりと晴れ渡っていた。

そして、この不器用な仲直りを経て、二人のライバルの距離は、また一歩、確かに縮まったのだった。

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