第43話『初めての大喧嘩』

過酷な受験生活は、俺たちの精神を少しずつ蝕んでいた。

些細なことでイライラしやすくなり、普段なら気にならないような相手の言動に、過剰に反応してしまうことが増えていた。


その日、些細な事件が起きた。

リビングのテーブルで、二人並んで過去問を解いていた時のことだ。

俺が使っていた蛍光ペンが、インク切れで掠れてしまった。無意識に隣のピムの方を見ると、彼女のペン立てには、まだ新品同様の蛍光ペンが数本入っている。


「ちょっと、ペン貸してくれないか?」

特に深い意味はなく、そう頼んだ。


すると、ピムは顔を上げ、少し冷たい声で言った。

「自分で用意しておけばいいじゃない。いつもそうなんだから」


その一言が、なぜか俺の神経に触れた。

「たかがペン一本くらい、別にいいだろ。いつもいつも、そんなにカリカリするなよ」


「カリカリ? してるのはそっちでしょ! いつもギリギリになって人に頼ってばかりで!」

彼女の声も、次第に尖っていく。


「別にいつも頼ってるわけじゃないだろ! たまたまインクが切れただけだ!」

俺も、語気を荒げた。


「たまたまじゃないわよ! あなたはいつも、自分のことしか考えてないんだから!」

彼女の言葉は、もはや受験とは関係のない、個人的な感情をぶつけているようだった。


「俺のこと? 俺がいつも自分のことしか考えてないって、どういう意味だよ!」

俺も、冷静さを失いかけていた。


そこから先は、もう、些細な言い合いでは済まなかった。

お互いの過去の言動を持ち出し、溜まっていた不満を爆発させるように、激しい言葉が飛び交った。


「あなたはいつもそうだ! 頭がいいからって、人を馬鹿にしたような態度を取って!」

「俺だって、別に好きでこんなことしてるわけじゃない! あんたに負けたくないから、必死にやってるだけだ!」


しまいには、子供じみた意地の張り合いになり、お互いに顔を真っ赤にして、睨み合う始末。

リビングには、重苦しい沈黙だけが残った。


結局、その日は一言も言葉を交わすことなく、それぞれの部屋に引き上げた。

俺は、自分の部屋のベッドに寝転がり、天井を見つめながら、どうしてあんなことになってしまったのか、自分でも分からなかった。

ただ、心臓のドキドキが収まらず、胸の中に、黒い塊のようなものが蓄積していた。


次の日も、俺たちは顔を合わせても、互いに無視を決め込んだ。

リビングのテーブルについても、以前のような緊張感のある静けさではなく、凍り付いたような、気まずい空気が漂っている。

家庭教師たちが何か言おうとしても、二人とも上の空で、まともに話を聞いていない。


数日間、そんな状態が続いた。

お互いに、相手の顔を見るのも嫌だった。

あの些細な蛍光ペンのやり取りから始まった喧嘩は、俺たちの間に、深く、そして冷たい溝を作ってしまったようだった。


このままでは、受験どころではない。

頭ではそう分かっているのに、どうしても、先に謝る気にはなれなかった。

あんなことを言われたのは、初めてだったから。

そして、彼女の言葉が、図らずも、俺の心の奥底に突き刺さった、 いくつかの真実を突いていたような気がしたから。

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