第3話 告白の断り方は大事

 なぜ学年一の美少女であり、氷の魔王と呼ばれている彼女が俺みたいな人間に絡んできたのか?

 その答えは思いのほか単純だった。彼女と同様に二度目の人生を送っていると勘違いされていたからだ。


「どうしてそう思ったんだ?」


「だって一周目と行動が違ったし」


「どこが?」


「例えば一周目ではいつも騒がしいグループにいた。でも二周目ではぼっち」


「一応初めの三週間は友達いたけどね」


 俺は苦笑を浮かべながら補足した。


「他には?」


「例えば一周目では事あるごとに私に絡んできたのに、二周目では目すら合わせてくれなかった。露骨に私のこと避けてたでしょ?」


「そりゃまあ」


「極めつけは私に告白してこないこと。ありえない。本当にムカつく」


「ムカつくって……仮に告白してもどうせ俺はフラれるんだろ?」


「当たり前でしょ。一周目も二周目も答えはノー」


「相変わらずひどいな」


 氷の魔王という異名は伊達じゃない。


「まあ何となく俺が二周目だと疑う理由は分かったよ」


「――じゃあ!」


「何度も言うけど俺は一周目だからな? というか、一周目とか二周目とかそんな自覚はないし、俺にとっては全てが初見だ」


 キッパリと言い切る。しかし彼女が疑いの目を晴らしてくれるはずもなく、


「まだシラを切るつもり? これ以上言い逃れできると思ってるの?」


「だから全然心当たりないって言ってるだろ!」


 一体いつになったら解放してくれるのだろうか。もう夕日が沈みかけてきて冷えてきたし、ワイシャツ一枚じゃ肌寒いんだけど。教室からブレザー取ってきたいんだけど。あいにく氷空が出入り口を通せんぼしていて屋上から出られない。


「不動くんが二周目って認めるまで、私ここから動かないから!」


「面倒くせぇ」


 まさか彼女がここまで厄介な性格だとは思わなかった。普段はクールで冷徹。才色兼備の仮面を張り付けているのでギャップがすごい。……主に悪い意味でのギャップが。


「俺の行動が変わったのが原因で疑ってるんだろうけどさ、だとしたら氷空の行動も一周目と違うんじゃないか? それなら俺が変わってもおかしくないだろ」


「何? 私を疑ってるの? 私以上に同じ行動を取り続けている人なんて他にいないと思うけど」


 氷空はムッとした顔で反論したが、途中で何かに気づいたように「あっ……」と言葉をこぼした。そして次の瞬間には苦虫を噛み潰したような表情に変わる。


「……でもあれはちょっと対応を変えただけで、それ以外は何も……」


「何を変えたんだよ?」


 すかさず問い詰める。

 もし仮に彼女の話が全て本当だったとしたら、俺の行動が変わったのは、彼女の行動が原因のはず。だから何としてでも聞き出したい。

 氷空は少しだけ目を泳がせて、視線を逸らしながら呟いた。


「……長文で公開処刑した」


「えっ?」


「告白された時に一周目よりも長文で返すことにしたの」


「どうして?」


「氷の女王って呼ばれるのが嫌だったから。あだ名をつけられないように立ち回りを変えたってわけ」


「どうして?」


 どうしてそれで長文になるのだろうか。完全に理解不能である。

 ただまあ、理解ができないなりにまとめると、彼女は一周目と二周目で告白の断り方を変えたらしい。逆にそれ以外は何も変えていないのだとか。


「ちなみに一周目はどんな感じで断ってたの?」


「実演してあげようか?」


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。あと演技だとしても俺は告白しないからな」


 すぐ告白させようとしてくるあたり、油断も隙もありやしない。


「別に普通に断ってただけ。『嫌』とか『無理』とか一言で処理してた。それだけなの!」


「だから一周目では『氷の女王』だったのか?」


「そう」


「それが嫌で長文で返すことにしたら今度は『女王』から『魔王』になっちゃったのか?」


「だからそうって言ってるでしょ!」


 不機嫌そうに頬を膨らませ、分かりやすくそっぽを向く氷空。


 ――こいつ、イカれてやがる。


 薄々分かってはいたことだが、やはり彼女の頭はおかしいとしか言いようがなかった。

 普通、人生をやり直せるならもっとこう、根本的なことを変えようとするんじゃないか? 例えば友達を増やしたり、部活を頑張るとか、そういうのだ。

 もちろん、人生やり直しにオーソドックスな立ち回りなど存在しないが……。それでも告白の断り方を変えるなんて……そんな発想、日頃から告白され慣れている彼女にしか許されない。

 いや、待てよ?


「つまり告白の断り方が辛辣になったことで俺の行動が変わったってこと?」


 悲しき事実に気づいてしまい頭を抱えた。それはあまりにも理不尽すぎるだろう。


「もしそうだとしたら……ウケるね。ウケる」


「笑えねぇよ!」


 酷すぎて涙が出てきそうだ。対する氷空は俺のリアクションを見てくすくすと笑っている。その姿はまるで俺の絶望を面白がっているみたいで、


「煽ってる? 煽ってるよな?」


「煽ってない。単に上から目線なだけ」


 したり顔で言い放つ氷空。


「……この悪魔め」


「残念! 私は魔王だから!」


 胸を張って誇らしげに宣言してくる辺り、彼女の性格の悪さが伺える。まさに魔王という名にふさわしい。


「そろそろいいんじゃない?」


 しばらくそのまま絶望していた時だった。何やら妙に親しげな笑顔を向けてきたのは。


「は?」


「そろそろいいと思うんだけど」


「何が?」


「お話しして仲良くなったことだし、そろそろ告白してきてもいいんだよ?」


「……仲良くなった?」


 思わず俺は目を丸くした。

 今のやり取りのどこに仲良くなる要素があったのだろうか。ひたすら俺のことをバカにしてきたようにしか思えないのだが。

 しかし彼女は本気で仲良くなったと勘違いしているようだ。よく見ると先ほどよりも表情が緩んでいるし、口調も柔らかい。教室での印象とは大違いだ。実際、こちらの方が親しみやすいし、表情がコロコロ変わって見ていて面白いのだが……。


「もう、どうして告白してくれないの!」


 脳みそが問題なんだよなぁ。

 人生二周目で色々と吹き飛んでしまったのか。はたまた元からなのか。どちらにせよ一周目の俺には知る由もない。


「とにかく! 絶対に俺は告白しないからなっ!」

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