第7話 勇者を倒してはいけない

「どうしたの?」とぼくが尋ねた。


 うさぎが暗い顔をしていた。


「金木君が休み時間に連れ出してくれるから、私はイジメられません」


「よかったじゃん」

 そう言った後に、彼女のクラスがどうなっているのか想像できた。

 うさぎの代わりに誰かがイジメられているんだろう。


「私のせいで」

 続きの言葉を遮るように、「君のせいじゃない」とぼくは言った。

「イジメている人のせいだ。君のせいじゃない」


「私はどうしたらいいのでしょう?」


「勇者を倒そうとしちゃダメだよ。君は本物の魔神じゃないんだ」

 彼女の体や心が心配だった。

 小学校の時にはできなかったけど、今ならやるべきことはわかっている。

 イジメについて調べることができた。

 先生に言うには証拠が必要だった。それでも動いてくれなかったら外に頼るしかない。


「大丈夫」とぼくは言った。

 彼女のクラスに何人かの友達がいた。

 ぼくはゾンビ子がどんな奴なのかもわかっている。

 うさぎを連れ出したあの日から、彼女のイジメを無くすために、友人ネットワークを使って証拠を集めていた。


 強くなって自分で戦う。そんな事はしなくていい。

 そんな事をしたら負けた時に何をされるかわからない。

 勝ったとしても犯罪者扱いされるかもしれない。

 それでも自分で戦わなくちゃいけない時が来るかもしれない。

 だけど一番は戦わないことなんだ。

 誰かを頼ればいいんだ。

 頼る人がいなければ逃げればいいんだ。


「なんとかするから、うさぎは黙ってやり過ごしてたらいいんだ」

 とぼくは言った。


「……怖いです」


「君は正義にも悪にもならなくていい」




 友人達もイジメを止めたかったのか、命がけで動画や音声を撮ってきてくれた。

 カバンに穴を開けて動画を撮った奴もいた。

 イジメの証拠は集まった。

 告げ口がバレたら友人達がゾンビ子の餌食になる。

 だからイジメの証拠はぼくが提出することにした。

 友人からもらった動画には、うさぎがお腹に何度もパンチされている動画もあった。

 うさぎがいない時、他の子もイジメられているらしく、泣いている女の子の髪の毛を切っている動画もあった。

 誰も何も言えなくなっているのは、ゾンビ子に暴力で支配されているからだろう。

 可哀想な奴、とゾンビ子のことを思う。

 だけど、やっぱり、自分がいくら可哀想だからって、人を傷つける権利はないのだ。

 担任の先生もゾンビ子がイジメをしている事に気付いているだろう。

 うさぎだって先生に報告しているんだ。


 先生もイジメは嫌だろうし、邪魔臭いだろうし、処理できないから放置するんだろう。

 野放しにされたイジメの責任は、イジメられた側がとる事が多い。

 それが『イジメられている子も悪い』という発言に繋がるんだろう。 



 考えた末に、うさぎの担任ではなく、女性の教頭先生に相談することにした。

 もしイジメが無くならなければ学校側が一番邪魔臭いと考える手段に出るつもりだった。

 そもそも学校側がイジメを放置する理由は邪魔臭いからである。

 さらなる邪魔臭いを用意しておけば、イジメを放置しなくなる、とぼくは考えた。

 証拠はあった。

 だからイジメが無くならない場合、警察に連絡しようと決めていた。



 職員室に入り、教頭先生を見つける。

 50代の女性の先生で、書類をペラペラと捲っていた。

「相談よろしいでしょうか」とぼくが言う。


「なにかしら?」


「友達がイジメられていまして」


「イジメですか?」と眉をひそめた。


「担任の先生には?」


「報告したらしいんですけど……」


「そうですか」


「スマホを持って来るのは禁止されていますが、証拠動画もあります」

 ポケットからスマホを取り出そうとした。


「ちょっと待ってください。別の教室に行きましょう」


 教頭先生について行き、生徒指導室に案内される。

 ぼくはパイプ椅子に座り、スマホを取り出す。

 友人が撮影してきた動画を見ながら、教頭先生は眉をひそめた。


「警察に相談することも考えています」

 ぼくは言う。


「わかりました。警察に相談する前に、この件はコチラで預かってもいいかな?」


「はい」


 意外なほど、あっさりだった。

 教頭先生はニッコリと微笑んで、「なんとかするわ」と呟いた。



 ここからはうさぎの報告と友人達の報告で、ぼくが実際に見たわけではないけど、イジメが解決されるまでの流れである。

 ゾンビ子の聞き取りが行われ、クラス全員に聞き取りが行われた。

 聞き取りの時にうさぎは泣き崩れたらしい。

 神様は見ていてくれている、と思ったと同時に自分が告げ口をしたと思われるんじゃないか、という恐怖から何も言えずに涙だけがボロボロと溢れ出たらしい。


 イジメなんてしていない、とゾンビ子は言い張った。

 彼女がイジメをしていないと証言をする生徒もいた。

 だけどイジメの事実を語る生徒もいた。 

 何度も何度も聞き取りは行われる。

 ゾンビ子の保護者が呼び出される。

 だけど彼女の親は来なかった。

 おばあちゃんが来たらしい。

 どういう話合いがあったのかはわからないけど、ゾンビ子はおばあちゃんと一緒にイジメていた生徒に頭を下げた。


 中学校は義務教育である。だから教育を受ける権利があるので、ゾンビ子を別の教室に移すこともできない。

 だからイジメが行われないように教頭先生や担外の先生が教室に入り、見張りを続けた。

 それは学校として正しい判断だったと思う。

 少しでもゾンビ子がうさぎに手を出そうとしたら、ぼくは警察に連絡していたはずだからである。

 イジメが明るみになって以来、ゾンビ子を見る時はいつも1人だった。

 ゾンビ子が廊下で歩いている時、ぼくは喋りかけようと思ったけど、やめた。

 言いたいことはあった。だけど、それが、すごい偽善的な気がした。

 彼女は真っ黒な髪を顔が隠れるように下ろしていた。まるで呪いのビデオから這い出て来た幽霊みたいな姿だった。それはゾンビ子が世界を拒絶している姿なんだろう。



「金木君の言っていた通りです。大丈夫になりました」

 笑顔で言う七瀬うさぎを見て、これでよかったんだな、と思った。


 彼女は廊下をスキップするように歩いていた。


「ところで、その角は取らないの?」

 七瀬うさぎは微笑み、「いいんです。私は魔神ですから」と言った。

「色々とありがとうございます」

 とうさぎが呟いた。


「ぼくは何もしていないよ」

 彼女のおかげでイジメに対する知識が少しだけ増えた。

 もしかしたら、どこかで小説に書けるかもしれない。

 そしたら、その小説を読んだ読者が誰かを救えるかもしれない。

 ぼくは世界で一番面白いモノを作れるかもしれない。


「もしかしてぼくのこと好きになった?」

 うさぎの顔が太陽のように赤くなった。

「なにを言ってるんですか? バカじゃないですか? もう2度と喋りません」


「そうか。好きじゃないのか。残念」


「好きじゃないって言ってないじゃないですか。バカなんですか」


「好きなの?」


「好きか嫌いかで人を判断しちゃダメなんです」


「言ってる意味がわかんない」

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